蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十四章 不実なる真実(2)  
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「止めをさす寸前で、啖呵を切る。一体誰の命かと」
「で、答えるわけだ、ユーリに取り押さえられたその男は。いや、男か女か、単独なのか複数犯なのかは分からんが、返事は決まっている。首謀者はキゼノサタだと」
「当然、キゼノサタは否定するでしょう。仮にもウル国イグラタメを務める高官。通常なら事の次第をよくよく吟味という流れになると思いますが、ウル国王の気質を顧みるに 、最悪の展開も考えられます。情感が豊かで、それに忠実な性質なだけに、裏切られたと激昂する恐れも。恐らく首謀者も、王のその性格を見越して策を立てたのでしょう。ですからユーリ」
 パルコムが呼びかける。
「決して、組み伏せた相手を放さないように。いつでも切って捨てる風を装いながら、実行犯を守って下さい。そして相手がキゼノサタの名を口にしたらすかさず、お前は直にその命を受けたのかと問い質して下さい。正直に、命を下したのは別の者だと答えるか、あるいはそうだとうそぶくかは分かりませんが。どちらにせよ、他に仲間がいるかもしれないと、王に進言して下さい。少なくともキゼノサタとこの者との繋がりを、明らかにする必要があると。もしそこに、別の人間が介在するようなことがあれば。シャン国王殿も、キゼノサタの首一つではご納得頂けないでしょうと」
「でも、その言い方だと」
 ユーリが疑問を口にする。
「他にも裏切り者がいるかのように聞こえるよね。余計にウル国王を怒らせてしまうのでは?」
「怒らせておけばいいんです」
「えっ?」
「怒りを持続させてくれたら、それでいい。とにかく、キゼノサタを処刑することで終わらせないように、努めて下さい。一時間、あるいは二時間。敵が仕掛けてくるタイミングにもよりますが、その間だけ持たせてくれれば。私達が城に到着するまで、粘ってくれたら」
「後は、ギノウ王子自らが、事の次第を王に報告するってか。しかしそれなら」
 今度はテッドが疑問を呈する。
「ウル国王に、あらかじめ全部説明しておけばいいんじゃないか?  宴が始まる前に、お前さん達から」
「説明って」
 ユーリが呟く。
「パルコムをウル国王の前に置いて、ミクとギノウ王子に話してもらうわけ?」
「まず、パルコムの説明だけで、半日はかかるでしょうね。さらに、この小さな銀色の箱の中から聞こえる声が、間違いなく自分の息子であると納得してもらうには、一体どれだけの時間がかかるのか」
「分かったよ」
 冷えたミクの声に、テッドが大きく息を吐く。
「却下だ、却下」
「ですが」
 ミクの声が、軽く弾みを持って響く。
「最終手段として、これは使えるかもしれませんね。もし、ウル国王の怒りが収まらず、実行犯及びキゼノサタに刃を向けるような展開になった時は、後の面倒は考えず、パルコムの通信を開いて下さい。そこから流れ出るギノウ王子の声だけで、王を説得することは不可能でしょうが、時間稼ぎとしては十分です。言葉を繋ぎ、もう少し待ってくれと嘆願し続け、その間に無事、城への到着を果たせば」
「うん、分かった。でも」
 ユーリの声が、少しくぐもる。
「なるべく、早く」
「了解です。では、また後で」
「まあ、頑張れよ。こっちも出来るだけ早く仕上げる」
 通信が切れる。心もとない想いが膨らむ。なるべく、早く――という、情けないほど頼りない返事をした理由を、ミクもテッドも即座に察し、敢えて叱咤するような言葉をかけてこなかったが。
 サナとティトをどうするか。
 まだ冷たさの残る足先を、軽く摩りながら考える。
 日が落ちてから始まる宴には、三人揃って出席する予定だった。ただ朝まで続くと言われ、頃合を見て、サナとティトは退出させようと考えていた。その辺りは相手方も心得ており、恐らくこちらが何かを言う前に、場を仕切る者がさりげなく対処してくれるであろう。
 問題は、どのタイミングで声がかかるか。騒動の前か、それとも後か。こちらとしては前の方が、いや……。
 足を摩る、ユーリの手が止まる。
 敵が誰か、何人いるのか分からない状態においては、離れてしまうことにも危険が伴う。ターゲットはあくまでもウル国であり、キーナスの、しかも一介の騎士に何かを仕掛けてくるようなことはないだろうから、その場にいるよりは安全であろうが。リスクは両方にある。そんな中、自分がやれることは限られている。とにかく、ミクが話した通りの展開に持って行くこと。サナ達が側にいようがいまいが、まずはウル国王に冷静になってもらうよう努めなければ――。
「そんなに、心配?」
「……えっ?」
 いつの間にか、青い瞳がじっと自分の顔に据えられているのに気付き、ユーリは口篭った。
「いや、その」
「そんなにわたし達がいては、邪魔?」
「サナ……」
「まあそりゃあ、ミクと比べたら、戦力的に少し物足りないだろうけど」
「ミクと比べると、確かにね」
 思わずユーリの口元が綻ぶ。
「でも、テッドくらいには頼りにしてるから」
「テッド――程度?」
 いかにも不満気な顔を、サナが作ってみせる。ようやくユーリの表情の全てが緩む。
「それでは不服なんだ」
「大いにね。腕力と口の悪さで劣っているだけで、その他はわたしの方が」
「頼もしいな。じゃあ、それを見込んで」
 表情と声が改まる。サナが怪訝な顔で伺う。と、その目が大きく見開かれた。差し出された物を凝視する。
「使い方、分かるよね」
「ええ、でも……」
 そう言って、しばらく黙る。やがて意を決し、ユーリの顔を見る。
「わたし一人のことなら、断るところだけど」
「サナ……」
「いいわ」
 すっと手を伸ばす。床に置かれたレイナル・ガンを持つ。
「もしもの時は、わたしに任せて。ティトは必ず守るから」
「うん、ありがとう」
 互いに小さく頷き合う。共に、覚悟を決める。ただし、心の大半で、そうならないことを祈りながら。

 

 
 
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