蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十四章 不実なる真実(3)  
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      三  

 宴は盛大であった。だがそれは、次々と運ばれる料理や、入れ替わり立ち代り披露される出し物に言えることであり、規模としてはこぢんまりとしたものだった。いや、視点を引けば、規模も申し分ない。城のみならず、都のあちらこちらで、人々が今日という日を祝っている。形としては、幾つものパーティー会場が、王都アマシオノの様々な場所に設けられている、といった具合だ。ただ分散されている分、そのメイン会場ともいえる城の大広間は、ユーリが想像していたほどの広さはなかった。
 居並ぶ人々の数も多くはない。顔触れも、アカゾノ殿にて同席だった者に、キゼノサタら数名のウル国高官、それにシャン国側の家臣が四、五名ほど加わっただけで、ほとんどがユーリの見知った者ばかりだった。
 それにしても。
 ちらりと右隣を見やる。
 体の方は、本当に大丈夫なのだろうか。
 白い衣の合間から、顔の半分と指先だけを覗かせた、いつもの姿のシャン国王妃を傍らに意識しながら、ユーリは思った。
 舞の儀も、模範試合も。国妃は体調不良を理由に欠席した。なので当然、夜の宴も不在であろうと予想していたのだが。大分気分が良くなったということで、王に連れ添われこの場に現れた。明日の朝には予定通り、自国に向けて旅立つという。よって宴への参加は、最後の挨拶も兼ねているのだろう。でなければ、こんな状態であるにも関わらず、出席などするはずがない。
 一言も発することなく、終始うつむき加減で、まるで置物のようにそこにいる。陶器で出来た人形のごとく、形はあるのに中身がない。生気どころか、これほど側にいながら体温すらも感じられない様に、ユーリはどこか居た堪れないような気持ちを抱いた。
 そんなことより。
 意識的に、視界と思考の両方から国妃を追い出し、改めて座を見渡す。
 場は、極めてくだけたものであった。昼間とは違い、服装も幾分賑やかだ。相変わらず黒でまとめたシャン国王、持ち合わせの衣装がとうに尽き、引き続き滅紫の衣を纏ったユーリとティト以外は、皆明るめの色合いに身を包んでいる。残念ながら女性の出席は、シャン国王妃及びサナの二人だけであるので、華やかさに限界はあるが。酒が入ったこと、そして独特の席の並びのお蔭で、和やかで楽しげな空気がそこに漂っていた。
 宴の出席者は、四角い広間の形に合わせず、円陣を組むように床に座していた。しかし、最初に示された場所に座り続けているのは、ユーリ達及びシャン国王夫妻のみで、食事が終わり酒が出される頃になると、それを片手にみなが思い思いに立ち回り始めた。
 ひとしきり隣の者と酒を酌み交わし会話を楽しむと、また別の場所に移動する。座に居合わせる全ての者と、膝を付き合わせる位置で時を過ごす。特にウル国王の動きは目覚しく、こちらかと思えばまたあちらと、給仕係を思わせるほど忙しかった。
 また、タイミングを逃したかな。
 上機嫌のウル国王の姿を瞳に捉えながら、ユーリは心の中で呟いた。
 宴の楽しみは、酒と会話だけではなかった。円陣の中央では、様々な出し物がひっきりなしに披露されていた。今も、新たに現れ出でた男が、色とりどりの布玉を懐から取り出している。それをぽんぽんと高く放り投げるのを見て、ユーリは軽く溜息をついた。
 すでに時はトエの刻。地球式でいうと、二十一時を回ったところだ。文明人の感覚からすれば、夜も更けてという印象はまだないが、小皿に入れた油やら蝋燭やらに灯す炎のみが、人工の明かりとなる世界において、一日はもう終わっていた。ましてや子供の場合、すでに眠りの国にいるべき時間帯である。しかし、サナはもとよりティトまでもが、未だユーリの側にいた。
 チャンスは一度あった。白い髭をたくわえた、皺だらけの顔の、背筋だけは見た目を疑うほどぴんと伸びた二人の老人が、板間の中央に座し歌い出した時だ。抑揚のない、低く語るような声。アカゾノ殿での舞姫とは異なり、耳に心地良さを感じない音。喩えるなら真夜中、年老いた犬の遠吠えが途切れ途切れに聞こえるかのような、そんな出し物が始まる。静かに皆が耳を傾ける。
 ウル国では馴染みのある、そういう型の歌なのであろう。だが、それをティトに理解せよというのには、無理があった。正直、自分も怪しい。

 
 
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  第十四章(3)・1