蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十四章 不実なる真実(3)  
           
 
 

 このジャグラー集団に限らず、全ての演目には正面があった。ぐるりと周りを囲む観客全てに、等しく観やすいということは不可能だ。当然演者は、この場で一番力のある人物に狙いを定める。ウル国王の姿を、その表情を意識しつつ、技を繰り出す。演目によっては先ほどの奇術師のように、ティトがターゲットとなる場合もあるが。ほとんどの者は、ウル国王の顔色を伺いつつ、自らの芸を披露した。
 だが、彼女は……。
 まるで体の一部であるかのように、思いのまま棒を操る女性が、妖艶な笑みを湛える。しなを作るように腰を横に捻り、ポーズを決める。視線の先のウル国王が、見事と呟く代わりに大きく頷いてみせる。はにかむように女性の目が伏せられ、再び瞼が上がる一瞬、黒目が小さく横にぶれる。ウル国王の左隣、シャン国王をちらりと見る。
 やはり、間違いない。
 気持ちを表に出さぬよう意識しながら、ユーリは女性から視線を外した。
 視界を広く取るよう努める。七人の演者、全ての動きに注意を払う。と同時に、腰にある武器を確かめる。宴の席で剣を持つことが許されたのは、主賓である自分とシャン国王のみ。他の者の剣は、広間の壁に沿って飾るように立て掛けられていた。つまり、最初の一撃に対抗し得るのは、この場に二人しかいない。
 内部に手引き者がいたのか。それは誰で、そしてその者こそが首謀者なのか。現況から、さすがにそこまでは分からないが、暗殺計画の実行犯は、この七人で間違いないだろう。一見したところ、武器らしき物を隠している様子はないが。大振りの剣ではなく小刀、あるいは千枚通しのような形状の物であれば、様々な用具や、少しゆとりのある袂の中に仕込み持っている可能性がある。
 もちろん、この場に上がるに至り、念入りなチェックを受けたはずだが。有名な曲芸団であること、そして、シャン国よりの演者というのが、微妙に調べを甘くしたのかもしれない。現に、演者の紹介があった時、シャン国王が珍しく表情を緩め、ウル国王の方に体を傾け何がしかを囁いていた。恐らく自国で盛んな芸事ということで、簡単な説明でもしたのであろう。残念ながらその声は、ユーリのところまで届かなかったが。ウル国王は何度も興味深そうに頷いていた。
 演者が、次の芸のための用具を取り出す。青く長い布帯。ちょうど新体操におけるリボンのような、それをもう少し幅広にした物を各々が持つ。
 芸は、鮮やかだった。河が、滝が、大海が、七つのリボンで描かれる。複雑に重なり合い、ただし決して絡みつくことなく、水の流れが表現される。せせらぎの音、涼やかな風すら感じる心地で、皆が魅入る。しかしユーリは、周囲の柔らかな空気とは逆に表情を厳しくした。リボンの波が、演者達の姿をしばしば隠すことに警戒を強めた。
 目を伏せる。感覚を尖らせる。そして、捉える。波の向こうに鋭い気が見え隠れしているのを。刃のように研ぎ澄まされた、攻撃的な気を。
 ユーリは再び目を開けた。大きく波がうねる。穏やかな曲線が、見つめる人々の視界を柔らかく遮断する。
 唐突に、波が崩れた。上下ではなく、横に膨れる。こぶのように突き出されたうねりが、シャン国王に迫る。
 一本の青い布帯が、シャン国王の目の前で緩やかな波を打った。内には白い演者の手。いかにも女性らしい、細く小さく、ほんのりと淡紅色に染められた爪を持つ手。その手が、真っ直ぐに伸ばされたまま、小刻みに震える。強い力で手首を締められ、動きを封じられた悔しさにわななく。
 掌に包み持つ、大きな針のような武器が、からんと落ちた。その上に、青いリボンの波が被さる。隠れていた演者の顔が露となる。
 鬼の様な形相。陳腐だが、それ以外に喩えようのない表情で、女が横を向いた。前に進もうとする自分の手を掴み、ひしと押し止めるユーリを睨む。
 次の瞬間、ユーリは体のバランスを崩した。女の腕が、急に引かれる。力の作用が逆となり、ユーリの手もそれに引きずられたのだ。あっという間に右腕を取られ、懐深く肩を入れてきた相手に、ユーリは抗う力を持たなかった。女が繰り出した、いわゆる柔術に、ユーリの体はあっさり床に返された。

 
 
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  第十四章(3)・3