蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十四章 不実なる真実(3)  
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「――さすがは、ミオウ殿」
 ウル国王が低い声で言う。彼独特の豊かな響きではない。音量も抑揚も足りない、疲れたような声がさらに続く。
「しかし、これでは……」
 ウル国王の目が、女に据えられる。眉根の間に、深く皺が寄る。
「もはや罪を償わせることは出来ぬであろう。今、楽にしてやる」
 王の右手が、剣の柄にかかる。慌ててユーリが声を出す。
「お待ち下さい!」
「しばし待たれよ」
 同時に同じ意の言葉を吐いたミオウと、ユーリは目を合わせた。身分をわきまえ、譲る。ミオウが静かに続ける。
「吟味無しと、申されるのか、ユズムラ殿は」
「吟味も何も……ミオウ殿」
 幾分、威厳を取り戻した声で、ウル国王が言う。
「此奴らがレンエン宗の手の者であるのは、まず間違いござらぬ。私怨を抱き、我を亡き者にせんと謀り、刃を向けた。罪は明白、吟味の必要は」
「私が言いたいのは、その程度の罪なのかということです」
「ミオウ――殿?」
「狙われたのは私です」
 冷えた声でミオウが言う。
「ユズムラ殿ではない」
「それは」
 太い眉を寄せ、ウル国王が唸る。
「手元が狂ったか。あるいはここにいる者全てを殺めんとし、まずミオウ殿から襲う形となったか。恐らくはそういう――」
「ウル国王殿に、今一度だけ申し上げる。狙われたのは、この私です」
 底の知れないミオウの黒い瞳を、ウル国王は怪訝な表情で見返した。顔色が変わる。血色のいい頬が、蒼ざめる。ようやくミオウの真意を悟る。
 狙われたのは、この私。では、狙ったのは誰か。レンエン宗の手の者か、それとも彼らを宴に招き入れた者か。この宴を執り行ったのは誰か。この目の前の男――ではないのか。
 ウル国王のどっしりとした小鼻が、大きく膨らむ。大量に吸い込んだ息を怒声に変える。
「白状せい! お前が頭か」
 轟く声が、もはや虫の息となった女の頭上に落ちる。
「それとも、この死体の内の誰かか。あるいは、他の何者かに命じられたのか、言え!」
 乱暴に、ウル国王が女の頭を掴む。ずるりと頭巾が外れ、結い上げた女の長い髪がわさりと乱れる。血のこびり付いた頬に張り付く。
 虚ろな目で、女がウル国王を見上げた。消えかけた命の火が、ぎらりと輝く。
「愚か……なる王よ。誰が味方で……誰……が敵なのか。知らぬ……と見える……」
「なに?」
「教えてやるわ!」
 残る命の全てを注ぎ、女が叫ぶ。
「我らに手を貸したのは……ユズムラ・ギノウ――」
 ――お前は――
『お前は直にその命を受けたのか』
『他に仲間がいるかもしれない』
 ユーリの頭の中で、ウル国王の暴走を止めるべく用意していた言葉が、ぐるぐる回る。
『もしもそこに、別の人間が介在するようなことがあれば。シャン国王殿も、キゼノサタの首一つでは――』
 そう、キゼノサタであれば。
 いくらでも、言葉を繕える。だが、女が口にした名は、全くの想定外だった。何より、必ず守れと言われた実行犯を、全て死なせてしまった。真実は分からぬまま、いや、死を持って、あの女は自分の言葉を真実としてしまった。そしてそれは、時間と共により揺るぎのない、確かなものとなってしまう。
 何か、言わなければ。
 ユーリの混乱は続く。
 まだ、空気が固まっていない内に。完全に、女の最期の言葉が真実となる前に。何も知らないギノウとミクが、ここに現れるより先に。時間を引き戻さなければならない。疑問を持たせなければならない。でなければ――。
「父上!」
 絶妙のタイミングだった。これ以上ないくらい、最悪の間であった。
 一同の視線が、駆け込んできた二人に注がれる。自然と一人に目が行く。頭の中に残る名と、その者とを結びつける。そうすることで、俄かには信じがたき事柄を、真のものとして受け止める。
 彼が、ギノウ王子が……王を……。
 間に合って良かった。
 キゼノサタの姿を認め、そう、ほっとした表情を示すミクとギノウに、ユーリはかける言葉を失っていた。彼らが登場した瞬間、場の全員が、出口のない迷宮に踏み入ってしまったことに、ただ打ちのめされる。
「父上、お話があります。これは、巧妙に仕組まれた陰謀です」
「ほお?」
 ギノウの言葉に、ミオウが小さく息を返す。口元に、微笑が漂う。
「なかなか面白い話が聞けそうですな。じっくりと、お聞かせ願おう」
 袂を大きく翻し、ミオウがその場に座した。だが、ウル国王始めユーリ達は皆、しばし呆然と立ち尽くしていた。

 

 
 
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