四
淡々と、ギノウの話が続く。それを受け止める空気は、未だ迷いの中にあった。
あの女の刺客が、今わの際で残した言葉に、理解を与えることができない。王やサザトムはもとより、ウル国の者なら皆、気持ちは同じであろう。だが、一笑に付すほど現実は優しくない。目の前にある死体の山の理由付けが、どうしても必要だ。
一体誰が、いかなる理由で。
もし誰がの部分で、この場に並ぶ家臣の内いずれかの名が示されたとしても。多少の混乱の後、やがては議論が先に進められたであろう。だが、ギノウという名の衝撃は、正に虚を突く形で一同の胸に落ちた。しかも、その名を持つ人物が突如現れ、自ら陰謀について語り出したのだ。
思考がそこで止まる。感覚だけが、皮膚の表面を滑る。ギノウの声が、右から左へと抜けていく。最初はキゼノサタが首謀者だと言い、その内に実はシャン国の誰かが絡んでいると言い、それら陰謀の一部始終を、偶然ヤスゼ山に登る途中で漏れ聞いたのだと言う。
信じられない。
女の口からギノウの名を聞いた瞬間と、同じ感情に支配されたまま、彼の言葉を受け止める。語る全てが不実であるように思えてくる。この王子に限って嘘などない、そう強く信じる気持ちが、まるで砂でできた城のごとき脆さを見せる。
それほどまでに、場のほぼ全員が激しい錯乱の中にいた。夢の中の思考よりも、不確かな状態にあった。
「ですから私は……この、ミク・ヴェーベルン殿と……」
躊躇いがちに、ギノウが言葉を紡ぐ。
周囲の反応がおかしいことを、とっくにギノウは気付いていた。探るように間を置きながら声を繋ぐが、誰も何も言わない。相槌を打つでもなく、驚くでもなく、ただ亡霊でも見るように皆が彼を見返す。
もちろん、この異様な雰囲気は、場に入って程なくミクも感知した。ギノウの後ろで傅くように控えながら、ユーリに視線を送る。眉を寄せ、小さく首を横に振る仕草が返され、事態が全く予期せぬ方向へ進んだことを理解する。
シャン国王は無事。ウル国王も健在。
置かれた状況を知るべく、ミクは辺りに目を配った。
暗殺者は、皆殺されてしまったらしい。予定とは異なるが、予想外ではない。何より、暗殺者を全て失ってしまったところで、それをしまったと感じるのは、裏事情を知るユーリのみだ。場の誰もが困惑する理由とはならない。例えば無実の罪でキゼノサタを殺め、その後真実を知る、などという流れになれば、こういう状況も考えられるが。見たところ、キゼノサタには傷一つない。それどころか――。
ミクの表情が険しく翳る。
彼はフリーだ。取り押さえられることなく、他の者と同等に座している。暗殺者は、首謀者の名を言わずに果てたのか。違う、言った。その衝撃があればこその、この空気だ。
では、一体誰の名を?
捕らえられている者はいない。宴の出席者の中にはいない。だが、その者の名を、皆が知っている。皆、誰を見ている?
はっと顔色を変え、ミクは再びユーリを見た。瞳だけで、ギノウを指す。そしてもう一度、ユーリを見る。
小さくユーリが頷いた。途端、ミクの背筋が寒さを感じる。そう来たかと、震える。
ユーリの読みは正しかった。ウル国とシャン国の関係を、徹底的に壊すことが、この騒動の目的だった。しかも敵は、より衝撃の大きい展開を選んだ。ウル国を間違いなく追い詰められる相手を、陰謀者に仕立てた。
案外。
ミクが唇を、きつく結ぶ。
ギノウ王子が密談の場に居合わせたことを、どこかで首謀者が知ってしまったのかもしれない。その上で、キゼノサタからギノウへ標的変更をした。一体どこで、察知されたのか。オサノガセ村でも、帰路、立ち寄った村々でも、自分達は慎重に行動した。特に怪しい人物に出くわすこともなく、都まで来れた。ということは、まさか――。
ミクの顔が蒼ざめる。ヤスゼ山の木立の向こうに、立っていた男を思い起こす。丸い顔だったか、尖った顔であったか。目は、鼻は、口は? 右の眉尻にあった黒子以外は、全てが不完全で朧な人物を脳裏に浮かべる。これほどまでに姿が曖昧の中、語る声だけは、やけに明瞭であったことに大きな疑問を持つ。
まさか、あの状態が、すでに罠であったというようなことは――。