蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十四章 不実なる真実(4)  
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「ミク!」
 閃光が走る。ガーダの衣の端が、溶けて消える。ミクが前に飛び出す。
 理性の下した判断を無視して、ミクは突き進んだ。左から、回り込むように走り、ユーリの影に隠れていた敵の全身を捉える。背後に人がいないことを確かめ、再びレイナル・ガンを構える。
 咎めるユーリの声がまた響く中、ミクは続けざまに銃を撃った。光がガーダを貫く。胸に、腹に、ガーダの体に穴があく。だがそれは、極めて瞬間的な状態でしかなかった。まるで、ホログラフィーの映像を相手にするがごとく、手ごたえがない。それでも、ミクは銃を撃ち続けた。
 止めれば時を置かず、この場にあるもの一切が消滅する。サナが、ティトが、ギノウが、ウル国の面々が。そして、
 ――ユーリが。
 エネルギーパックが尽きる。素早く予備のパックをセットする。ユーリの側に、ようやく辿りつく。
「ユーリ!」
「――ミク」
「ふざけた真似を」
 穴だらけのガーダが、ひしゃげた声で呟いた。圧力が増す。レイナル・ガンの輝線が歪む。
 あっと言う間に波動が膨れ、構えた銃の先端が呑み込まれた。激しい衝撃が指先から頭頂に抜けた、とミクが感じた時には、体はもう後ろに飛んていた。ぽつりとただ一つ空中に残されたレイナル・ガンが、ぐしゃりと潰れる。塵一つ残さぬ単位にまで圧縮される。ガーダの波動はそのまま広間の壁を突き破り、柱を倒し、屋根を吹き飛ばした。場にある全てを無に帰しながら、領域を広げていく。
 ここまでか。
 地に転がったまま、ミクが思う。
 ここまでなのか。
 現状を理解するより早く、誰もが悟る。
 もう、これ以上は。
 左手でティトを抱え、おぼつかない様子で右手に銃を持つサナの前に立ちながら、ユーリは強く奥歯を噛んだ。渦の中心に立つガーダを睨む。
 ただ一心に、皆を守らんとした光の渦は、直径にして二十メートルほどの大きさになっていた。ただし、厚みはない。ちょうどゴム風船が膨らむがごとく、光の渦は広がるに連れ薄くなってしまった。この瞬間、弾け飛んでもおかしくないほど、それは限界点に達っしていた。きりきりと高い悲鳴を上げながら、気が削がれていくのを自覚する。
 心の一部が欠片となって飛び散るような感覚に、ユーリは眩暈を覚えた。ぐらりと体が揺れる。反動で、天を仰ぐ。ただ開けているだけの目が、夜空を捉える。瞳に星が降る。
 アリ……エス?
 無意識下で動いた唇が、そう言葉を模る。
 船は、真上にあった。銀色の腹が、ユーリの瞳に優しく映る。その中央が、ゆっくりと割れる。
 まさか、エルカバット砲を? 違う、テッドの狙いは――、
「ユーリ、上に!」
「分かった」
 叫ぶミクの声より早く、ユーリは気を変化させた。
 壁となって皆を守っていた光の渦から、するするとロープのように細長く一本を伸ばす。それをぐるりと、ガーダの体に巻き付ける。さらに一本、そしてもう一本。四方八方、渦の中で放射状に、光の鎖をガーダにかけていく。
 これだけ人のいる状態で、エルカバット砲を撃つことはできない。一番低いレベルに設定し、攻撃範囲を直径数十メートルほどに押さえたとしても。破壊力自体はカテゴリー5、つまり、地上にあるものを一瞬にして灰と化してしまうだけのエネルギーを持っている。いかに力を尽くそうとも、そんな一撃から皆を守ることは不可能だ。それは、テッドも理解しているに違いない。よってアリエスは、つまりテッドは、この睨み合いの状況を利用し、ガーダを飛ばすことを考えた。どこか別の空間へ。ワープエンジンと全く同じ原理の移送装置を使って、この場所からガーダを消す。相手に、こちらの動きを察知される前に。察知されたとしても、何とか自分が押し止めている間に。
 力を振り絞る。最後の鎖をガーダにかける。ほんの一時、ガーダが完全に固定される。そこに、アリエスが狙いを定める。
 連携に、狂いはなかった。光の鎖がガーダの動きを封じると同時に、それは消えた。そう、ミクには見えた。しかし、
「くそう」と胸元が鳴る。パルコムが、テッドの声で毒づく。
「逃げられた」
「逃げた? どこに?」
 緊張を最大級に保ったまま、ミクは周囲を見渡した。逃げたというのはその一点からを指し、状況からではないと即断する。ガーダの力を持ってすれば、アリエスを丸ごと破壊するのも不可能ではない。潜んだどこかから、次なる攻撃が繰り出されるに違いない。
「大丈夫」
 柔らかな声が、響く。囁くようにユーリが呟く。
「もう、ここにはいない」
「――いない?」
 銃の構えを解くことなく、ミクが聞き返す。
「本当に、ガーダは逃げたのですか?」
「うん、シャン国の王も一緒に」
「一緒に……」
 そう、ユーリの言葉を復唱することで、ミクは心を落ち着けた。気が緩む。合わせるように、周囲も和む。あちらこちらで、深く息をつく音が響く。
 ミクの銃が、ようやく下ろされる。
「そう……ですか。では、ひとまずは安心――」
「彼、笑ってたよ」
「え?」
 ミクはユーリを振り返った。声とは裏腹の、蒼白な顔が瞳に映る。
「笑ってガーダに言ったんだ。私の楽しみを奪うつもりかと」
「それは、それはつまり……」
 声を失う。残りの言葉を心の中で吐く。
 どうあっても、ウル国との全面戦争を行うということなのか。未来永劫、終わらぬ戦いを始めるということなのか。
 その時、一時的にでも安堵の呼気を零した者全てが、自らの行動を悔やんだ。今自分達がここで息をして、生きていることが、多大な破滅を意味することに怒りを覚え、震えた。

 

 
 
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