蒼き騎士の伝説 第五巻 | ||||||||||
第十五章 彼方を見据えて(1) | ||||||||||
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<彼方を見据えて>
一
ティトの木靴がきゅるると高い音を立てる。土や草にはよく馴染むが、金属との相性は悪い。つるりと滑り、仰向けに倒れ、ごつんと頭を打つ。しかし人間、ただし彼の場合はキュルバナンという小人族であるが、興奮状態にある時はあまり痛みを感じない。直ぐに飛び起き、左のスクリーンにかじりつく。
「飛んでる、飛んでるぞ! 海の上を鳥のように!」
木靴の音がまた響く。しっかりと一度転んでから、今度は右のスクリーンにしがみつく。
「飛んでる、飛んでるぞ! 遠くに見える山より高く!」
息を弾ませ、前を向く。
「あれはハザエトの海岸か? 向こうの海に浮かんでいるのは、モトト島だな。あっちに行くのか? どっちに行くんだ?」
「ああ、もう、うるせえな」
航路の設定をし終えたテッドが、操縦席で頬杖をつく。
「いい加減、ここで遊ぶのは止めて、他のところの見物に――」
「右に行くにはどれを押すんだ? これか?」
「こら、勝手に触るな。つーか、ミク」
ぐいっと操縦席の背もたれを倒し、仰ぎ見るようにテッドはミクを振り返った。
「そろそろ子守を交代してくれねえかな。ティトをフライトデッキから連れ出してくれ。好奇心旺盛なのは結構だが、騒がしくて敵わん」
「ティトに静かにしてもらいたいなら」
腕を組み、赤い髪をさらりと揺らしてミクが言う。
「まず、スクリーン映像を切ったらどうです?」
「切ったら……外が見えねえだろう」
「操縦に、何の影響もないはずですが?」
「別に、俺が見てるわけじゃ」
「つまりはティトに」
ミクの唇が、面白そうに弧を描く。
「わざわざ見せているわけですね。テッド、あなた自身が」
「ああ、そうさ。でなきゃ」
テッドの背もたれが定位置に戻る。操縦席前のコンソールに並ぶボタンに伸ばされた、ティトの手をぐいっとつかむ。
「もっと酷いことになる。こいつがそこら中、弄り倒すからな。ティト! いい加減にしろ。ここからここまで、触るのは禁止。守れないなら、この部屋から追い出す。お前の悪戯のせいで、アリエスが落ちたらどうするんだ?」
「落ち……る……」
か細い声が、ミクの背後で響いた。フライトデッキの入り口で立ち止まったままのサナが、蒼ざめた顔で呟く。
「やっぱり落ちるのね……これ。こんな大きなものが、こんな重そうなものが、羽ばたくことのできない翼で空を飛ぶなんて……絶対無理があるもの。もし、落ちたら、落ち……」
「ミク、もう一人追加だ。そちらの固まってるお嬢さんも、ここから追い出してくれ。卒倒でもされたら敵わ――」
「大丈夫ですよ、落ち着いて」
テッドを無視してミクがサナに言う。
「ティトが少々弄ろうが、テッドが操縦を誤ろうが、その程度の事でこの船は落ちたりしません。二重、三重、幾重にも航行を保つための安全策が講じられていますから」
「そうそう、そのお陰で、もっと高い所から落ちたのに無事だったんだからな、こいつは。だから――」
「もっと高い所から……落ち……た」
「おい、サナ。人の話を部分的に聞くな。って言うか」
肩をすくめ、テッドがミクを見る。
「理解しろって方が、やっぱり無理か」
「そうですね。下から見上げただけのゼクト船長も、ゼンクト号の他の乗組員達も、ひどく怖がっていましたから。できるだけ空を仰ぎ見ないように。もし、視界にアリエスの姿が入ってしまった場合は、直ぐに悪魔払いの呪文を唱えたりと、大変な騒ぎで――サナ? ミッドデッキの部屋に戻るのですか? だったら一緒に」
「大丈――夫」
壁に両手を宛がいながら、サナがゆっくりと身を反転させる。
「ここは外が見えるから。見えなければ、何とか……。通路も、部屋も窓がないから、一人で大丈夫。少し……休むわ。後のことは……よろ……しく」
いきなり五十ほど老け込んだかのように、よろよろとした足取りでサナが部屋を出る。心配そうにそれを見送り、念のため通路まで様子を見に行き、無事少女がミッドデッキに向かったのを確かめ、ミクはテッドを振り返った。