蒼き騎士の伝説 第五巻 | ||||||||||
第十五章 彼方を見据えて(1) | ||||||||||
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「で?」
待ち兼ねていたように、テッドがそう声を出す。腕にがっしりとティトを抱え込みながら問う。
「ゼンクト号の方はどうするって?」
「数日中には準備を整え、キーナスに向けて出港するとのことです。下手をすれば、出港規制がかけられたり、最悪、港が封鎖されてしまう恐れもありますからね。仮にそこまで行かなくても、戦争が始まれば、思うように物資が調達できなくなるかもしれません。都より、事態を知らせる早駆けの馬が到着する前に、センロンを後にしなければ」
「そうか。あいつらキーナスまで、また海の旅か」
ティトを抱きながら、テッドが呟く。
「エターナル号さえ無事なら、ゼンクト号の乗組員みんなを、一っ飛びでキーナスまで運べるんだがな」
「それを言うなら、我らが地球の誇る惑星周遊型豪華客船、ダイアナ号クラスの船が数隻あれば。無益の血が流されようとしているウル国の民全てを、収容することが可能ですからね。ただしその後、彼らをどこに連れて行けばいいのかが、問題ですが」
「争いのない世界――なんて、どこにもねえしな。逃げても無駄だ」
「そうですね」
ミクが頷く。
「ないものを求めてさまよっても、仕方ありません。どうしてもそれが欲しいなら、自分で作るしかない。自分の手で、自分達のいる場所に」
「ごもっとも」
ティトの手を使って、テッドが小さく拍手する。
「その野望だけは、捨てたかねえな。そこだけは見据えていたい。じゃ、とりあえず航路は、このまま予定通りということで。俺達は俺達で、やらなきゃならない仕事がある。四つ目の塔、それを探しに。どうやら追っ手は来ないようだし」
「ええ。今のところは……」
ミクの表情が、そこで翳る。
ガーダは追って来なかった。ウル国での用を済ませ、今はシャン国にてミオウと共に、来るべき戦争に向けての準備を着々と進めているのであろう。全ては計画通り。だが、あの時のアリエスの出現は、彼らにとっても予想外だったようだ。結果、彼らは一つのミスを犯した。エルフィン、かの銀白色の髪の少女を、ガーダ達はその場に残して去ったのだ。
当然、取り戻しに来ると考え、急いでアリエスに乗せる。不可思議な空飛ぶ物体についての説明もそこそこに、自分達も乗り込む。もっともウル国側もこの件に関して、執拗に絡んでくることはなかった。目の前で見たガーダの衝撃が、彼らの心を強く縛っており、思考はこれから起こる戦争に対する不安と、ある種の高揚感で乱れていた。
混乱の残るアマシオノ城を、後にする。いったん人里離れた山に逃れ、ガーダの攻撃に備える。二日ほど待機した後、村や町の上空を避けながら、センロンの港近くまで飛ぶ。その間、一向にガーダが現れる気配はなかった。
彼らにとって、彼女はもう意味のない存在なのか。今もって謎に包まれたままの破壊神の伝説、その復活の妨げとなるであろうエルフィンの少女。それをガーダはいとも容易く手放したのだ。
ここで一つ考えられるのは、破壊神などというものが、そもそも眉唾物であったという解釈だが。そうなると、最初に少女を狙った理由が分からなくなる。スルフィーオ族の村一つを滅ぼし、少女を襲ったのは何故か。目的の妨げになると殺すつもりであったのは、まず間違いないだろう。しかし、少女が極めて不安定な精神状態であることを見て、彼らは殺さずに捕らえることにした。破壊神同様、このエルフィンの少女も意のままに操ろうと考えたのかもしれない。
一瞬にして、少女の精神を支配下に置く。失われた多くのスルフィーオ族の命と同様、彼女の気配がそこから消える。残された者全てが死んだと、ユーリが勘違いするのも無理はない。シャン国王妃に仕立てられたエルフィンの少女と、あれだけ間近に接しながら、自分は一切気付かなかった。それだけ、完璧に彼女は支配されていた。
そこまで執着しておきながら、なぜ手放したのか。やはり、まだ楽観はできない。事実あの時ミオウは、少女を自分のものだと言い放った。いつか彼女を取り戻しに、ガーダを差し向けてくる可能性は残されている。それまでに、できるだけこちらも用を済ませなければならない。カルタスの謎を解くべく、残る塔の探索を終わらせる。結果はどうあれ、その後速やかにサナと、今や彼女とセットになっているティトを、アリエスから降ろさなければならない。危険から、遠ざけなければならない。
「四時間ほどで、着くぜ」
ミクの懸念を知ってか知らずか、テッドが言葉を繋ぐ。
「海の底かもしれないってのが、ちと厄介だが。出来るだけさっさと片付けたいもんだ」
「……ええ」
「そのためにも、この邪魔なチビをよろしく」
「テッド」
ティトを強引に押し付けられたミクが、片眉を上げる。
「私の方にも、これからの探索に向けての準備が。場合によっては深海探査機アトランティスを出す必要もあ――」
「ティト、お前、貯蔵庫は見たか?」
「チョゾウコ?」
「そこにチョコレートとか、ガムとか。十秒でできるヌードルとかビーフシチューとか。とにかくいろんな物がいっぱいあるぞ」
「チョ? チュ?」
ティトがミクの腕の中で首をかしげる。
「それは、何だ?」
「全部、食い物だ。キーナスには、いや、カルタスのどこにもない、珍しい食べ物だぞ」
その一言が、料理人としての才を持つティトの目を輝かせた。未曾有の好奇心を、操縦室から貯蔵庫へと移す。
「それはどんな物だ? おいら見る。おいら食べる」
「よーしよし。心配しなくても、今からこの綺麗なお姉さんが案内してくれるから」
「テッド! だから私は他に――」
しかしミクの抗議はそこで中断された。ティトがミクの腕から逃れ、扉に向かって走り出したのだ。
「あ〜あ、あの勢いじゃ、そこら中無茶苦茶にかき回すぞ。早く捕まえなきゃ」
「分かっています」
そう、怒りを込めた息をテッドに向かって吐くと、一方的に始まった鬼ごっこに立ち向かうべく、ミクは走り出した。