蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十五章 彼方を見据えて(2)  
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      二  

 ユーリはアリエスのメディカル・ルームにある、小さな丸いスツールに腰を下ろした。横たわるエルフィンの少女を見つめる。体の方に深刻な異常は無しとのことであったが、念のためしばらくは安静にという名医の指示に従い、彼女は保護カプセルの中に入れられた。
 この白い半透明のカプセルは、自分達がカルタスに来る際に入っていたものと同様で、生命維持装置機能を備えている。現在の設定はレベル1。空気の濃度、温度、湿度の調整と、常時脳波をチェックし、必要に応じて睡眠導入剤などの投与が行われるだけで、居心地のいい単なるベッドの上と、機能的にほとんど変わりない。もちろん、レベルを上げれば、様々な状態に対応することが可能だ。カプセル内を完全な無菌状態にすることも、水分、栄養補給を全自動で行うことも。自分達がカルタスに来るまでがそうであったように、一年以上もの間、仮死状態に近い形で生命を維持するなどという芸当もやってのける。
 エターナル号には、このカプセルが十機積んである。アリエスには各二機ずつ。つまり、アリエスでの航行中、三人の内二人が何らかのアクシデントで危機的な状態となっても、一人が無事である限り、何とか母船まで帰ることができるという計算だ。エターナル号にさえ戻れば、後は自動操縦システムを頼りに、地球へ向かへばいい。緊急事態への備えは、これで万全というわけだ。
 そう説明を受けた時は、なるほどと素直に納得したが。現況を見る限り、その判断は正しくなかったと認めざるを得ない。
 自分達は、無人の星を探索しに来たわけではない。そこに住む人々に何かあった場合、一人でも多くを助ける形となっていないのは、友好を求める使者の乗り物として不十分だ。もっともこれは、カルタスに降り立った経験を持つ者のみが言えることで、地球においては誰もが、その時の自分も含めて、カルタスの人間の心配などしていなかった。何かあったとしても、地球人の出る幕などないと思っていた。地球より遥かに高い文明を持つ星において、心配は己のことのみに終始すると考えていた。
 思い込みによる判断ほど、愚かなものはない。だが今更それを嘆いても、仕方がない。カプセルに限らず、アリエスの設備では、六人の乗組員を完全に支えることはできない。そしてそれはエターナル号においても同じであり、カルタスのどこにいても危険とは隣り合わせである。
 逃げても……無駄だ。
 ユーリはカプセルに手を翳した。センサーが反応し、半透明の上部が完全に透き通る。眠る少女の姿が明確となる。そこにそっと寄り添う。目を閉じ、意識で触れる。
 セルトーバ山で出会った時より、心は落ち着いていた。輪郭も感じる。生ある者としてはまだ物足りないが、意識の抵抗も覚える。彼女の意思により誘われることがなければ、中へ入るために、ユーリは少なからずの力を振るわなければならなかったであろう。
 少女の承諾のもと、深く入る。中はまだ混沌としている。それでもいくつか確かなものがある。例えば記憶。はっきりと連なる映像は、少女の想い出だ。景色であったり、人であったり、彼女と同じ姿の者も見受けられる。その誰もが、優しげな表情をこちらに向けている。柔らかで明るい光の中に佇んでいる。彼女の心を今もなお不安定にさせる、吹き荒ぶ冬の嵐のような冷たさはそこにない。それはさらにもっと先。一欠片の翳りの底、闇の中に沈む小さな扉。その向こうで息を潜めている。体が激しく震えるほどの、寒々としたものを奥に感じる。

 
 
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  第十五章(2)・1