蒼き騎士の伝説 第五巻                  
 
  第十五章 彼方を見据えて(2)  
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 ユーリはその扉の向こうに、自分達の求めるものがあると確信した。しかし彼は、翳りを前にしたところで引き返した。扉は少女の意思で閉ざされている。彼女が望まない限り、何人も開くことはできない。強引に開ければ、それは彼女を壊すことに繋がる。ひょっとしたら、扉は永遠に封印されたままとなるかもしれないが。それが彼女の決断であり、気持ちである以上、自分が関与すべきことではない。
 静かに、離れる。少女の心から、ゆっくりと出る。一瞬、頬を風が過ぎる。自分の心に流れ込んでくる意識の風。名残惜しげに、親しげに。そのしっかりとした意思表示を、嬉しく思う。再び少女と心を合わせる。
「あっ」
 ぐいっと引き寄せられるような感覚を覚え、ユーリは思わず声を零した。意識の先が触れ合う。まるで液体のように、それが溶ける。完全に一体となる。
「……フェ……ル……ラ?」
 ユーリの口から、たどたどしく息が零れる。
「君の名は……フェルーラ」
 ユーリはその名を、自分の意識から引き出した。彼女に教えてもらったわけではない。彼女の心と交わることで覚えたわけではない。その名の記憶は、すでに持っていた。カルタスを旅する中で、知った。
 他者の意識とこんな風に合わさった経験は、過去に二度ある。王家の墓で、そしてエルティアランで。一瞬自分を失い、気付いた時には新たな記憶が刻まれていた。いや、記憶というには少々強さが足りない。記憶の跡と表現した方が、的確かもしれない。
 誰かの意識を感じ、合わさり、その事実が小さな痣となって心の中に残った。以来、常に他者の残り香が漂うような感覚を、自分の心に覚える。不快なものではないが、その意識はいつもある。それが、名を教えたのだ。エルフィンの少女に対する想い、優しい気持ちと共に。
「フェルーラ……」
 小さく呟き、ユーリは今一度心を後ろに引いた。誰であるかは分からない、何であるかも分からない意識の望むまま、合わせたエルフィンの心から離れる。緩やかに、身を引く。カプセルに添えていた手を離し、閉じていた目を開ける。
 エルフィンの少女は、穏やかな微笑を湛え眠っていた。愛しく、可愛らしく思う。ユーリの表情が曇る。
 この想いがどこから来ているのか、それを考えると迷う。彼女に強く惹かれる気持ちのどこからどこまでが、純粋な自分の意思なのか。自身の中に残る、他者の意識の跡がそうさせているのではないか。そしてこれは、逆も同じだ。彼女が示す素直な気持ちは、本当に自分に向けられているのだろうか。
「ユーリ」
 急に声をかけられ、ユーリは驚いた表情で顔を上げた。冴えたグリーンの瞳に、一瞬たじろぐ。
「あっ、ミク……あの」
「後、十五分ほどで到着します」
「到着?」
「グルームスランの海域に」
「あっ、そうか。アトランティスを出す必要があるかもしれないんだよね。じゃあ、準備を」
「それはもう、済ませました」
 淡々と、ミクが声を繋ぐ。
「なので、彼女の様子が落ち着いているようでしたら、一度、フライト・デッキの方に戻って下さい」
「うん、分かっ――」
 しかし、ユーリの言葉を待たず、ミクは背を向けた。その姿に続こうとして、止まる。
 今はまだ。
 カプセルの中のエルフィンを振り返りながら思う。
 今はまだ、このままでいい。いつか彼女の心がもっとしっかりとして、記憶の全てを受け入れられるほど強くなれば。一人の人間として、対等なる者として、心を触れ合わせることが出来るだろう。想いは、その時確かめればいい。むしろ課題は、無事、その時を迎えること。その時まで彼女を守ること。彼女を、みんなを、自分自身を、あのガーダから――。
 少女から視線を外す。一つ息をつき、ミクの後を追う。
 漆黒の瞳に、もはや迷いはなかった。

 

 
 
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  第十五章(2)・2