蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十六章 深淵に求む光(1)  
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 津波のように押し寄せる恐怖の感覚に、気持ちが乱れる。しかし、それをじっくりと癒す時間は与えられていない。カルタスの秘められた過去に、唯一ガーダに対抗する手段が隠されているかもしれない。そう判断した自分達を信じ、今は突き進まなければならない。
「やるしかない」
 静かに、ユーリが言う。
「どれだけ時間がかかろうとも、それを成し遂げる他に道はないんだから」
「そりゃそうだが」
 なお曇るテッドの言葉に、ミクの声が被さる。
「やるしかないという意見に、私は賛成です。方法は少し工夫する必要があると思いますが」
「方法?」
「と言っても、そう大層なものではありません」
 ユーリの問いかけに、ミクが微笑を返す。
「アトランティスの操作自体は、一人で充分です。情報の処理、及び不測の事態に備えるためのオブザーバーも、アリエス本船内に一人を残しておけばいいでしょう。つまり、海底の探査は二人で事足ります。よって残りは、情報収集へ。サナの話によると、この海域に住むヌアオン族は、パルメドアの生き残りであると言われているとか。文献には載っていない、資料として取り上げられなかったものが、彼らの中にまだあるかもしれない。そこに、塔のありかを示す手がかりが隠れていないとは限りません。途方もなく可能性は低く、海底探査に負けず劣らず地道な作業ではありますが。ただ時間を無駄に過ごすよりは、遥かに望みが持てるのではないかと」
「確かに、大したアイデアじゃないな」
 ミクの眉が軽く寄せられるのを見据え、テッドが言う。
「とはいえ、情報収集が全てにおいて基本であることは間違いねえからな。サナと一緒がいいだろう。せっかく糸口となる情報にぶち当たっても、俺達では見逃してしまうようなことがあるかもしれん」
「賛同を得られて良かったです」
 ミクの眉が定位置に戻る。代わって口元が弧を描く。
「では、しっかりと彼女をガードして下さい」
「えっ、俺?」
「あっ、後ティトも」
「おい、ちょっと待――」
「何か問題でも? ティトを連れて行くのは当然でしょう。深海探査の作業中、彼の相手を務めることはできませんし、まさかその間、ずっと船内の一室に閉じ込めておくわけにもいきません」
「いや、俺が言いたいのは」
 テッドがミクに詰め寄る。
「そもそも何で、最初から俺を子守担当に決め付けるんだよ。外回りは別にお前さんでも、ユーリでも」
「第四学年、前期科目。ルーゼント・システム処理の点数は?」
「……ん?」
「私は298点、確かテッドが272点」
 微笑を深め、ミクが言う。
「深海探査の画像解析は、このルーゼント・システムが使用されていますからね。どちらが適任か、明白でしょう」
「そんな、昔懐かし訓練学校時代の成績を持ち出さなくても」
 眉根の間に小さな皺を作りながら、テッドが反論する。
「だけどそれなら――そっちの劣等生は俺より点数が低かったはずだぞ。だったら」
「先ほどの説明を、聞いてなかったのですか?」
 ミクの冷ややかな声が続く。
「船内にて情報処理をするのは一人だけです。それは私が務めます。もう一人はアトランティス号の操縦。私の記憶が正しければ、この深海探査機の実技テストの成績は」
「ユーリが一番……。実技系は総じて優等生だったからな、こいつは」
 何となく、申し訳なさそうな顔をしているユーリをちらりと見てテッドが言う。
「だがな。一度や二度のテストで人の能力を決め付けるってのは」
「ご意見はもっともですが。だからと言って、今から何度も試験を繰り返し、じっくりゆっくり総合的に判断するなどというわけにはいかないでしょう。とりあえず、今ある客観的な能力判断は、あの成績しかないのですから、それに従うべきでは?」
「…………」
 渋々の同意を、テッドが沈黙で示す。てきぱきと、ミクが話を先に進める。
「では、まず地上部隊はスクーマ島へ。サナの情報によるとエベッテ諸島の中で最も大きな町があるとのことですから。先にそこへアリエスを寄せます。空からではなく、海上から。船を装い、と言っても島民にはとてもそうは見えないと思いますが、空から舞い降りるよりは刺激が少ないでしょう。情報を集めるのに、警戒心を持たれては困りますからね。その後アリエスは西経82度 北緯22度の地点にまで移動します。今はなきパルメドア大陸の王都パルメドア。その都があったのではと推測されている三つの候補地点の一つ、そこからまず調べてみましょう。アトランティスでの探査は、七時間サイクル。六時間潜って浮上し、再整備に一時間、そしてまた潜る。よって情報収集の方もこのサイクルに合わせてもらう必要があります。スクーマ島で思うような情報が得られないようであれば、別の島に移動しなければなりませんからね。その場合、地元の船を使うより、アリエスの方が速い。まあ、細かなことは、パルコムで連絡を取り合えばいいでしょう。これでいいですね?」
「うん、分かった」
「…………」
 それぞれの形での賛同を受け、ミクが微笑する。彼女の指示通り進路を定めたアリエスが左に旋回を始める。
 スクリーンの中で景色が流れる。新たな名画が映し出される。
「わあ!」
 ティトの穢れのない声が、船内に明るく響き渡った。

 

 
 
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