四
オフトファー島に降り立ち、ミクは断崖を見上げた。遠目では、ろくな装備を持たないテッドに登ることは不可能のように思われたが。間近で見ると、全く足場が無いわけではない。ある程度のロッククライミングの技術があれば、何とかこなせそうだ。
でも。
ミクは右手を額に翳し、頂上を仰ぎ見た。
こなせるからと言って、挑戦するとは限らない。確かにテッドを始め、自分達にはロッククライミングの経験がある。だからこそ、この絶壁を極めるために、どれほどの時間と体力が必要かを見切ることが可能だ。下手をすれば、日没にかかってしまう危険性を無視して登ることはあり得ない。たとえ、何がしかをあの頂きに発見したとしても、今無理することはない。もう少し待てば、アリエスがやってくるのだ。頂上の探索はその時に行えばよい。
恐らくテッドは、島の周りだけを探査範囲としたはずだ。舟が迎えに来る時間を計算の上戻るつもりだったが、遅刻した。そう、オフトファー島を出るまでは思っていた。島人から聞いたこの上陸地点に行けば、自分の失態を不機嫌な顔で誤魔化すテッドが、待ち構えていると考えていた。
まさか、アリエスの到着時間まで忘れるなんて。
などという見解は、ユーリともども行わなかった。間違いなく、テッドは何らかのアクシデントに見舞われた。そのアクシデントの種類と可能性を検討していく。
突風に煽られ、海に落ちたか。いや、今は大分風が出ているが、上陸時は凪いでいたという。島の周囲は突起した岩が生え出るようにあり、歩き難いことこの上ないが、逆にその凹凸が不用意に海へ落ちる危険を遮っている。よほどのことが無い限り、まずこれはない。
となると、アクシデントはもっと島の内陸に進んだところで起きたのであろう。そこで、崖崩れのような事態があったのかもしれない。単に道が塞がれただけであれば、レイナル・ガンを使って突破することができるであろうから、この場合下敷きとなってしまった可能性がある。
そう考え一瞬蒼ざめたが、アリエスのコンピューターは直ぐにそれを否定した。この区域を離れる前に撮った画像と、つい先ほど上空を旋回しながら撮った画像。両者に、寸分の狂いもなかった。
「他に、考えられるのは――この島に洞窟のようなものでもあるのかな。そこで、何かがあった」
ぽつりと零したユーリの呟きを正解とみなし、動くことにする。万が一に備え応急処置用の医療用具を持ち、予定通り別行動を取る。一人よりユーリと二人の方が、緊急事態に対処する能力は高まるが。いくら優秀とはいえ、サナにアリエスの全てを任せるには無理があった。ティトの面倒もみなければならない。エルフィンの娘のこともある。もし、自分達が戻る前に深い眠りから覚めてしまったら。彼女に対する適切な対応は、今のところユーリにしかできない。
なぜ、彼女はユーリにだけ……。
ミクは軽く首を振り、浮かんだ疑問を振り払った。今解くべき問題は、他にある。そう意識を強め、周囲を見渡す。島民の話によると、テッドは上陸後右方向に足を進めていたそうだ。その言葉と自らの直感に従い、ミクは歩き始めた。