蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十七章 失われた欠片(4)  
           
 
 

「何となくは分かったわ。本来自由である心を縛る手段として、形のないものだけではなく形ある物も大きく作用を及ぼすってことまでは。そう考えると、彼女にとってはアリエスの中の方がより安全かもしれないわね。心を縛るというか、彼女の場合、心を守ることになるから」
「うん。でも、どちらかといえば逆なんだ。『彼女を』ではなく『彼女から』という意味合いの方が強い」
「彼女――から?」
「僕は」
 サナの問いかけに、ユーリは一瞬口ごもった。心の大半でなおエルフィンの少女を支えながら、一部分だけを後ろに引く。目の前の儚げな存在を、愛しく思う気持ちから距離を置き、冷静さの中にそれを浸す。
「僕はまだ、知らないから」
 淡々と、ユーリの声が響く。
「ガーダをも凌ぐエルフィンの力を、僕はまだ想像すらできていない。もちろん、エルフィンが伝説通りの種族なら、何も恐れることはないだろう。ガーダとは違い、邪悪なる者ではないのだから。だけど、彼女は今普通の精神状態ではない。些細なきっかけで、激しい混乱を起こしてしまうかもしれない。そうなってもなお、心正しくあり続けることができるのか。少なくとも、人である僕には出来ない。自信が持てない」
「……そう……か」
 サナの表情が固く強張る。
「そんな心配をしていたのね、ユーリは。わたしは全く気にしていなかったわ。と言うより――偏見があったのかも」
「偏見?」
「ええ」
 吐息を乗せながら、サナが呟く。
「あまりにも言い古され、それが当たり前のように思ってしまった。ただの伝説を、現実以上に信じた。こんなに不安定な彼女を、目の当たりにしながら」
「……サナ」
「それにしても」
 サナの口元が少し綻ぶ。
「意外だったわ。ユーリが割と冷静で」
「えっ?」
「もっと彼女に――ううん、何でもないわ。では改めて、これからどうするの? もう、アリエスに戻る?」
「そうだな」
 ユーリがフェルーラを見る。少女の頬に、ふうわりと陽がさすのを認め微笑む。
「今のところ落ち着いているようだから。もう一度、気を飛ばしてみようと思う。ティトもまだ遊び足りないみたいだしね。その後は、アリエスにて待機。迷子のテッドをミクが連れて帰るのを待とう」
「分かったわ。じゃあわたしは、これ以上迷子が増えないよう、しっかりとティトを見張っているわね」
「頼むよ」
 サナの微笑に笑顔を返し、ユーリは再び精神を集中した。フェルーラの心からそっと離れ、森へと気を飛ばす。前回は薄く、全体を包み込むように意識を広げたが、今度は一本の太い線を伸ばすように、密度を高めて探る。範囲は限られるが、精度は高い。その状態で、まず森の中央部を目指す。ぎゅんとしなやかに、意識の触手を伸ばし、
 ――えっ?
 心の中で、ユーリは呟いた。漫然と定めた着地点から、気持ちが外れる。引き寄せられるように、いつの間にか寄り添ってきたフェルーラの意識と合わさる。エルフィンの少女に導かれるまま、ユーリの意識が森の中を駆け抜ける。
 これは?
 ユーリは目を見開いた。瞳には、目の前の景色が映っている。だがそれはまるで陽炎のように淡く、頼りなく、ユーリの気を引くものではなかった。驚きは、その景色の向こう。フェルーラと共に心の目で捉えた森の中。明らかに人の手が加えられた、崩れかけた石組み。土台、壁、柱のようなものまでが、草や木の根の合間に埋まっている。
「これは、何かの遺跡?」
 息だけの、ユーリの声が響く。しかしその囁きが、ほんの数歩離れた場所にいるサナの耳に届くことはなかった。
「消え……た?」
 息を飲み込みながら、サナが呻く。
「ユーリ? フェルーラも? この力、ユーリじゃない。あの時と同じ……アマシオノ城で、いきなりガーダが消えた時と同じ――」
 滑らかなサナの額に、険しい皺が寄る。
「ティト!」
 鋭く一言を出し、ティトを呼び寄せる。両腕で少年をしっかりと抱き、その存在を肌で確かめると、サナは急いで自身のパルコムを取り出した。

 

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第十七章(4)・4