オフトファー島の探索を始めてほどなく、ミクは断崖に小さな横穴を見つけた。もし、そこに何ら不自然なものがなければ、そのまま通り過ぎたかもしれない。裂け目と言っていいほど穴は小さなものであったし、無視してさらに周囲を巡る方が、自然な選択に思えた。
足を止める。その要因となったものに、歩み寄る。
落石にしては妙に整然と並ぶ、丸い小石。そこら辺に散らばっていたものを、意図的に置いたとした思えない、矢印の形。その、どうにも子供じみているというか、あまりにも緊張感が欠如している様に、このまま相手をすることなく上陸地点まで戻ろうかと考えたが。何とか思い直し、ミクは裂け目を覗き込んだ。
ペンライトで照らす。思いの外、開けた空間があるのに驚く。いくつか小さな水溜りのようなものが見受けられるが、地面は平らで、別段危険な要素はない。狭い横穴を進むうちに足を滑らせ、深い谷間に落ちたなどというアクシデントは考えられない。
それに。
ミクは洞窟の中に入り、丁寧に辺りを探った。
横幅はざっと三十メートル、高さ十メートル、奥行きは五十メートルくらいになるだろうか。広い空間だが、先はない。少なくとも人が通れるような穴なり割れ目は、暗い灰色をした洞窟の壁面のどこを調べても見受けられない。もちろん、テッドの姿もない。一通り見渡して何もないことを認め、この場を離れたのか。しかし、もしそうだとしたら、あの小石を矢印の形のまま残したりはしないだろう。
こうして近寄ってみると、かなり深さがあるようだけど。
ミクは、入り口に最も近い、直径三メートルほどの水溜りの縁に立った。腰をかがめ、掌を水に浸す。波紋が広がり、透明なさざなみが立つ。
水深は、人の背の倍以上ありそうだ。水も、外の海に比べればかなり冷たい。しかし、仮に誤って落ちたとしても、多少なりとも泳げる者なら溺れるようなことはないだろう。
ミクは、指先に残る冷やりとした雫を振り払いながら、立ち上がった。今一度、奥へと進む。
出した結論からすると、この洞窟の水溜りのどれかにテッドが沈んでいるなどという展開は、考えられない。水溜りはいずれも底を見通せるほど澱みなく、目視でもそれは確認できる。
だが。
ミクは一番奥にある水溜りをライトで照らしながら、首をひねった。
これだけ水が綺麗だということは、底の方で循環しているのかもしれない。表面が穏やかであるから、流れは至極ゆったりとしたものであろう。場合によっては湧き水の類ではなく、どこか他の水場と繋がっているため、このような状態となって――、
「ミク!」
突然大きな声が響き渡り、ミクは驚いた。一つ息をつく。その間に、音の出所が自分の懐であること、声の主が聞き覚えのある少女であることを認識する。
「サナ?」
パルコムを取り出しながら、ミクが言う。
「どうかしたのですか? サナ」
「ああ、ミク。ユーリが――」
「ユーリが?」
ミクの眉が険しく寄る。
「ユーリに何かあったのですか?」
問いかけながら、体の向きを変える。より良い電波状態を求め、洞窟の出口に向け右足を踏み出す。重心がそこに乗り、左足の踵が浮く。
「うっ」
意思に反して、左足の踵が再び地につけられた。強い力で足首を掴まれ、そのまま引きずられる。
「な――」
半身をよじり、事態を把握しようとしたミクの声が、そこで途切れる。
「ミク? ミク!」
しかし、何度も呼びかけるサナの声に答えたのは、未だ大きく波を刻む、水溜りの音のみだった。