蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十八章 水の民(1)  
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<水の民>

      一  

 途中まで、徐々に眠りから覚める穏やかさの中にテッドはいた。鈍くなっていた感覚が、緩やかに戻る。曖昧ながらも、ざわざわとした音を捉える。ひんやりとした空気、水の匂い。だが、それらの情報を整理し分析するには、まだ脳の動きが足りない。何よりもう少し、別の感覚による情報が必要だ。
 場所も時間もはっきりしないまま、テッドは目を開けた。
「うっ」
 中程まで持ち上げた瞼を、また強く閉じる。最初にジンと、続いてずきりとした痛みを側頭部に覚える。気を失う、寸前までの記憶が蘇る。
 オフトファー島の外周に沿って歩き始めてほどなく、テッドは洞窟を見つけた。人一人通れるか通れないかの狭い裂け目から、中を覗く。想像以上に開けた空間を認め、いったん頭を戻す。探索に、かなり時間が掛かるかもしれない。そう考え、辺りに散らばる小石で自分の所在を示す印を作り、改めて洞窟に踏み込む。
 だが結局、開けた空間は一目で見渡せる範囲に止まっていた。丹念に奥を調べ、何も見つからなかったことに落胆しつつ、身を返す。その時、洞窟内の水溜りが、風もないのにさざなみを立てるという不思議な現象が起こったが。気にせず、テッドは外に出た。
 腰を屈め、まず上半身から光の世界へ出でる。衝撃は、そこで起こった。今ある痛みは、その名残だ。誰かに何かで殴られた。落石であった可能性はない。衝撃が与えられる直前、自分の耳は風を切るような音を捉えた。武器は恐らく、棍棒のようなものだろう。
 テッドは、ジリジリと痺れるような頭の痛みに耐えながら、薄目を開けた。今度は無事、維持に成功する。
 薄暗い洞窟。だが、自分が踏み入ったあの場所ではない。濃い鈍色をした石の質感は同じだが、距離が異なる。つまりは天井までの高さが違う。
 ここは低いな。下手をすると、立ち上がった拍子に頭をぶつけてしまいそうだ。特に、あの出っ張ったところは。
 瞳だけを、ゆっくりと横に滑らせる。限界に達する前で、動きが止まる。
 出っ張りの先二メートルくらいで、天井は終わっていた。遮っているのは、冷たい色を示す岩の壁。だが、落ち着きはない。揺れる炎のちらつき、入れ替わり立ち替わり、映り込む人影。その情景を裏付ける音は、全て壁の反対側から聞こえる。
 八人、九人、いや、もっといるかも……。
 視線を岩壁に据えたまま、テッドはそっと右手を動かした。目を覚ましていることを悟られないよう、細心の注意を払いながら懐を探る。レイナル・ガンを探す。
 ちっ。
 音もなく、テッドの舌が失意の念を表した。あるべき所に、銃はなかった。どうやら取り上げられたらしい。あげく、さらなる窮地を認識する。
 どうも体が思うように動かない。まず手。片手だけを動かしたはずなのに、もう一方が遅れて必ず付いてくる。互いの手首を、指先で摩る。目で確認しなくても、状態が分かる。囚人でも繋ぐかのような鉄の枷。両手の自由を奪う鎖の長さは二十センチほどしかないが、足よりはまだ余裕がある。
 こっちは縄か?
 完璧に覚めた意識が、頭部とは違う刺激を足首に覚える。ほんの少し動いただけで、ぎしりと食い込む痛みに顔をしかめる。
 さて、どうするか……って、このままじゃ、どうしようもねえな。
 これほどまでに選択権のない状態で、やれることは限られている。戦うことは難しい。パルコムを置いてきてしまったので、ユーリ達に助けを求めることもできない。つまり、一気に事態の改善は望めない。何とか少しずつ、状況を良化させるしかない。
 それにはまず、敵を知ること。
 テッドは薄目のまま、そろりと頭を動かした。騒がしく音のする方へ、顔を向ける。狭い視界の中を過ぎる者に、注視する。

 
 
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  第十八章(1)・1