蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十八章 水の民(1)  
               
 
 

 十数人もの男達が、忙しく動いていた。顔立ちは、スクーマ島の人々と変わらない。濃い褐色の肌、少しウエーブのかかった黒髪。顔の彫りは深く、どう範囲を広げても、グルームスランの海域に住む人々で間違いないだろう。ただし、構成には偏りがある。年齢は二十代から三十代くらい、腰周りのみに色鮮やかな衣を纏った体は、どこもはち切れんばかりの筋肉に包まれている。ぎらついた目、荒々しい声、手には銛と思われる武器を有しているところからして、今から総出で、大掛りな漁にでも出るのだろうか。その直前の緊張感、期待感が、辺りの空気に漲っていた。
 さて、どうするか……って、やっぱりこのままじゃ、どうしようもねえな。情報が少なすぎて、手の打ちようがない。
 出した結論に従い、テッドは堂々と目を見開いた。
 彼らが漁をしに出かけた隙に、そっと逃げるという考えもあったが。ここまでしっかり縛られている以上、願いは叶いそうにない。これがドラマや映画なら、靴の踵に仕込んだナイフで縄を切ったり、関節を自在に操作して戒めから抜け出たり。あるいは敵の中の裏切り者が、しかも往々にして場に不自然なほどの美女が、密かに救い出してくれたりするのだが。残念ながらそんな仕込みも技も、そしてもちろん美人も、テッドは持ち合わせていなかった。
 ドラマのような展開は、諦めるしかない。彼らに見つからず、逃げ出すことは不可能だ。ならば逆に、思い切って彼らの懐に飛び込むしかない。
 いきなり殴りかかってくる辺り、友好的な相手とは言えないだろう。だが、こうして生かされているということは、量りかねている部分も残っているようだ。どこの馬の骨とも分からぬこの男は、自分達の邪魔となる存在なのか、それとも使い方によっては役に立つのか。その品定めはまだ済んでいない。そこに、賭けるしかない。
 テッドは身をよじり、横になりながら頭をもたげた。おいと言葉を掛けるが、誰も反応しない。テッドはさらに声を強めた。
「おい、お前達」
 発音の仕方が悪かったか、それとも言語が違うのか。ちらりと数人が視線をよこしたものの、それ以上構ってくる様子はない。
 グルームスラン一帯で広く使われている言葉が通じないとなると、厄介だな。スクーマ島の時のように、話せるのは彼らが住む島固有の言語ってことになるのかもしれない。いくつかサナに教えてもらったが、どれもこれも挨拶程度だし、参ったな。
 不安を抱えながら、とりあえずまた声を出す。ゆっくり話したり、果てはキーナス語まで持ち出しながら、テッドは少なくとも二十回ほど、同じ意味を持つ言葉を叫び続けた。
「ア・クオル。ドァノフ。ウルーア・ウェ……くそっ、全部駄目か。後、サナに教えてもらったのは――」
「ごちゃごちゃうるさいぞ。静かにしろ、邪魔をするな!」
 諦めかけたその時、視界が塞がった。直ぐ目の前に仁王立ちする、二本の足を見上げる。彼が怒鳴りつけた言葉は、最初にテッドがかけた言語であった。ただ無視されただけか、と腹立たしく思うと同時に、これならこちらも語彙力に問題はないと安堵する。努めて穏便な声を作り、早速交渉に入る。
「分かった、じゃあそうするから、縄を解いてくれ」
「……」
「念のため言っとくが、俺はお前達の邪魔をする気なんて、さらさらない。俺は、お前達の敵じゃない」
「敵?」
 二本の足が膝を折る。男の顔が、視界に入る。そこから乾いた声が響く。
「じゃあ、何しにここに来た」
「それは」
 ごくりと喉にかかる唾を飲み込み、テッドが答える。
「お前達と……同じだ」
「ふん」
 黄色みがかった歯を剥き出し、男が笑う。だが、その目はまだ疑心に強張ったままだった。
「なら、やっぱり俺達の敵じゃないか。ここは俺達のシマだ。それを――」
「たった一人で? 俺が荒らしに来たとでも?」
 綱渡りでもするかのような心地で、テッドが言葉を返す。

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第十八章(1)・2