さてと。
二者択一の決断は、早かった。少しでも望みのある方に、賭けることにする。
ヌンタルと違ってテッドが有利なのは、罠がどこに仕掛けられているかを知っていることだ。生き残る道は前ではなく後ろ、つまり、ヌンタル達がやって来た方向にしかない。とはいえ恐らくそこは行き止まりで、長期的に出口を固められたら、最終的な結果は変わらぬことになるが。それでも、生きている限り思考が可能だ。今思いつかなくても、考え続ければ、何か良い案が浮かぶかもしれない。その時間を得るためにも、ここで玉砕するわけにはいかない。
そのために、俺は――。
極力体の力を抜き、ゆったりとした泳法で水上に近付く。
網に絡まったヌンタル全てを逃がすことは、不可能だった。自分の命を引き換えにしたとしても、無理があった。どう頑張っても、二、三人を助けたところで自分の息は尽きるだろう。いや、実際には二人目に取り掛かる時点で、見張りの男達に突き殺されるだろう。
命を賭けても賭けなくても、助けることが出来るのは一人。そう割り切って、一人を選ぶ。大柄で、暴れまわるほどにまだ元気のある、ヌンタルに近付く。左手でその美しい背びれをしっかりとつかみ、右手の銛で網を引き裂く。
強い負荷が、テッドを襲った。自由となったヌンタルが、弾けるように網から逃れる。背びれをつかむ手を放せば、その瞬間に死が約束される。深く水底を目指すヌンタルに、テッドは必死でしがみついた。しかし。
ぐうぅ。
新たな負荷がテッドに課せられる。未だ混乱の中にあるヌンタルが大きく身をよじり、Uターンする。せっかく逃れた網の中に、また自ら飛び込まんと方向を変える。
許せよ。
心の中で謝罪しながら、テッドはヌンタルの体に銛を宛がった。深く傷つけぬよう注意を払いながら、突き立てる。痛みにヌンタルが動きを鈍らせる隙を狙って、背びれを持つ手に力を加える。幾度もそれを繰り返し、何とか彼に来た道を戻らせることに成功する。
ここまではOK。だが、ここから先は……。
ヌンタルの作り出す水流を肌に感じながら、テッドはさらに体を弛緩させた。
一か八かの賭け、いや、そんなに確率は良くないな。百に一つ、千に一つか。
闇に光る一筋の蜘蛛の糸をつかむかのような気持ちで、テッドは背びれを抱く腕だけに意識を集中させた。
この周辺の地下地図は、あの猟人達に見せてもらった。さっきの水溜りから次の場所まではおよそ二キロメートル。ヌンタルが全速力で泳いだとしても、五分かかる。そこに、彼を助け出すためにかかった時間、この道までの誘導時間を足せば、七分近い無呼吸を強いられる。
地球においてはフリーダイビングを趣味としたこともある自分だが、さすがに七分となると自信は持てない。もしレイナル・ガンが懐にあれば、ちょうど天井より十メートル先に、この地下水路にほぼ沿うような形で横穴があるのだが。銛一本では固い岩盤を突き破るわけにはいかないだろう。
銛……一本では……。
意識が散漫としてくる。テッドの右手から、静かに銛が離れる。これでもう、ヌンタルの気が急に変わってまたUターンを始めても、それを正す術は無くなった。
いや、そんなことより。
すでに軽く閉じられている瞼を、軽く震わせながらテッドは思った。
俺の左手は、まだヌンタルの背びれを掴んでいるのだろうか……。