蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十九章 古の都(2)  
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「こ、このおぉ!」
「おお、どうする。この老いぼれに鞭打つか。それとも石でも負わせるか。この力無い腕や足をぼきりと折って、あの大きな炉にぶち込むか」
「ええい、黙れ、黙れ!」
「何の遠慮があろうか。構わぬぞ、好きにするがいい。それでババアが一人死のうが、大した罪にはならぬ。このような神をも愚弄する塔を建てるより、遥かにな」
「黙れと言うに!」
 老婆に煽られ、男達がいきり立つ。ついに、明確な暴力が振るわれる。平手であるところに微かな理性を感じられるが、数度にわたって女の顔を打ち据える姿は、少なくとも聖職者という立場を持つ者には思えなかった。
「言わせておけば。好き――勝手を」
 語句を切るごとに、大きな掌が翻る。
「神を愚弄するとは――何事か。この塔は――神の威光を示すも――」
「はがうう」
「痛っ!」
 いきなり腕を噛まれ、男が悲鳴をあげる。老婆の反撃に、たじろぐ。
「な、何を」
「神の威光を示すものじゃと?」
 腹の底から唸るような声を出し、老婆がなおも悪態をつく。
「それこそ、余計のお世話というものじゃ。お前らごときにくどくどと説教されずとも、このような塔を仰ぎ見ずとも、神の威光は絶大ぞ。これはただ、お前達が世に権勢を示したいだけであろうが。聖職者とは名ばかりの、神の威を着る乞食ども、ザーノアマルの考えそうなことよ」
 ザーノアマル?
 覚えのある固有名詞に、ユーリの目がはっと見開かれる。叫び続ける老婆の側に、さらに近付く。
「いずれ天罰が下ろうぞ」
 全身を震わせ、女があらん限りの声を出す。
「我らは地に住み、海に住む者。空は神の領域なり。身のほどをわきまえぬ行為は、必ず神の怒りを買おう。滅びるぞ、このパルメドアは」
 棒のような枯れた老婆の腕が、ゆっくりと上がり東を指す。
「かの、旧世界が滅びたように!」
 旧世界――。
 少し曲がった老婆の指が、示す彼方をユーリは見やった。高い山を越え広がる大地は、アルビアナの大陸だった。だが、見知った姿ではない。酷く荒れている。いや、荒れているなどという生易しいものではない。まるでその表面を、くまなく炎が舐めていったかのように、一切が炭と化している。命は感じられない。ただ、無機な表皮が延々と続く。吹き抜ける風の、寂寥とした響きだけが広がっている。
 一体、何が。なぜ、こんな――。
 突き刺すような痛みを心に感じ、ユーリは自身の胸を抱いた。瞬間、幻影から解放される。心配そうに顔を覗き込む、フェルーラの姿を捉える。
「大丈夫」
 細い息と共に、微かな声がユーリの唇から零れる。無意識下で潤んだ瞳から、涙が一滴落ちようとするのを右手で塞ぐ。
「大丈夫」
 自分に向かって確かめるように、ユーリはもう一度そう呟いた。そして改めて、フェルーラに決意を告げる。
「だから、最後まで。最後まで僕に――」
 フェルーラの表情に、躊躇うような揺らぎが現れる。しかしやがてその揺らぎは、新たな幻の中に沈んでいった。

 

 
 
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