蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第十九章 古の都(3)  
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      三 

 ユーリは、アルビアナの大地に立った。まだ、熱を帯びているように感じる。破壊は、ここから始まった。
 一瞬にして破滅を導いた光が、地を這い、海を渡り、時を置かず惑星全体を呑み込む。滑るように地表を走り、遮る全てを燃やし尽くす。沈黙だけがそこに残る。
 百年、二百年、そして千年。時が流れた。業火の痕を生々しく晒す、無機な大地が徐々に冷える。しかし、辛うじて生き残った人々が元の世界を取り戻すには、さらに数千年の時間が必要だった。
 もっとも、それは他の大陸での話であり、アルビアナは取り残された。人々の意識の中で、呪われた大地という言葉が木霊する。
 それでも。
 軋むような痛みを胸に覚え、ユーリは荒涼とした大地の遥か先に視線を置いた。そこに塵のような、屑のような、弱々しい命を見出し、涙が溢れそうになる。
 表皮の溶けた、岩だらけの地の合間から覗く若葉。拳ほどの水溜りの側で、吹き荒ぶ風に身を震わせる小動物。人もいる。ラグルもいる。数多の仲間の死を乗り越え、這い蹲りながらこの地で生きている。今にも消え入りそうな未来を懐にしっかりと抱き、歯を食いしばって耐えている。
 なのに。
 強い光が、ユーリの目を眩ませた。北東の空が白く光り、赤く燃え、黒く沈む。
 天から降り落ちた波動。それがパルメドア大陸を滅した。揺れる大地、逆巻く波。世界が再び死の風で煽られる。刻んだ時を、繋いだ命をゼロに戻す。
 破滅はその後も繰り返された。無からまた一つずつ、大地に智恵の産物が積み上げられていく。血と汗と、などという言葉が生ぬるく感じるほど、人々の懸命の努力によって活気が蘇る。それを待っていたかのように、天からの鉄槌が下される。最初の破壊と合わせ、全部で七回。カルタスは七度、瀕死の状態まで追い込まれた。
 なぜ、こんなことが起こる? なぜ、これほどまでに呪われなければならない? なぜ、神はここまでの怒りを持つ? 
 否。
 ユーリは空を見上げた。澄んだ青の中で、パルメドアの塔が幻となって聳える。
 果たしてそれは、神なのか?
「ユーリ……」
 清らかな丸い水音を思わせる声で、フェルーラが囁いた。現実に帰る。険しい表情を少し和らげ、エルフィンの少女を見る。心でそっと触れるかのように、体を寄せる。フェルーラの肩を優しく抱く。
「見せてくれて、ありがとう」
 自身の声が、かすかに震えていることを意識しながら、ユーリはさらに続けた。
「もう、独りで悲しむことはないから。泣く時は、一緒だから」
 フェルーラの肩が揺れる。今までのような、単なる不安だけではなく、底に深い嘆きを抱えた感情の起伏を感じる。その魂を、柔らかく包み込むように支えながら、ユーリは囁いた。
「疲れただろう? もう、戻ろう。この場所は、刺激が強すぎる。だから」
 ユーリの言葉が止まる。銀糸の髪が横に揺れ、拒絶を示したことに疑問を持つ。
「フェルーラ?」
 赤葡萄色の瞳がユーリを見据え、そして静かに動く。視線で指し示された方向に、ユーリも意識を向ける。
 木立を抜けた先に、湖があった。直径二百メートルほどの、ほぼ正円の形に添って、森をくり貫いたかのような空間だ。水の色は空よりも数段濃く、その深さが伺われる。中央部分に微細な陰影がある他は、一様だ。地上と同じく地下部分も、円筒状に大きく抉れた形になっているようだ。
 光が、湖面を駆ける。さすがに底までは見通せないが、水は透明で美しい。澱みのない分、水草などは少なめで、時折その背を煌かせる小魚達にとっては、少々住み辛い環境だ。唯一、隠れ家となり得るのは、湖の中心部に沈む藻の茂った筒状の巨石だが、
 あれ――は?
 目を凝らす。石が剥き出しになった部分を注視する。規則性のある溝が、表面に刻まれている。一つの大きな岩などではなく、石組み。それが、果てしない水底まで続いている。
 もしかして、これは?
 ユーリの意識が、石組みを伝う。下へ、下へ。肌を圧する水の重みが、風を切る音に変わる。雲を突き抜け、見覚えのあるリルの海が、水紋を通して透ける。過去と現実の情景が、入り混じった中で確信する。
「やはりあれは、パルメドアの天空塔」
 そう吐息を漏らしたユーリの手が、柔らかく包まれる。その感触を、そっとユーリが握り返した時すでに、二人は湖の淵に立っていた。

 
 
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  第十九章(3)・1