蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十章 示される心(1)  
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 <示される心>

      一  

 パルコムを通して聞くサナの声がひどく乱れているのは、自分が原因であると、最初ユーリは思った。フェルーラの意識に導かれるまま数千年の時を旅したが、その前にこちらは無事であることを伝えるべきだったと反省した。それでも、実際の時間経過は、わずか十数分に過ぎなかったため、正直サナがここまで冷静さを欠いていることに不思議さを覚えた。だが、その疑問も次の言葉を耳にして解決する。
「ミクと連絡が取れないの」
「ミクと?」
「ええ」
 三言ばかり会話するうちに、いつもの調子を取り戻したサナが、やや早口で状況を伝える。
「あなた達が消えて、まずミクに連絡しなければと思って。前にパルコムは、あまり遠過ぎると通じないって聞いたから。ツウシンエイセイと言ったかしら。それが上空にないとダメだって。あなた達、まるであの時のガーダのように忽然と消えたから。きっと途方もなく遠くへ、どこか違う国まで行ってしまったと思って。だから、とにかくミクにと。ああ、こんなことなら、先にユーリの方へ連絡を取ればよかったわ」
「いや、僕の方こそ、島の中心部にいるって、直ぐに知らせるべきだったんだ。ごめん」
 言葉に思わず動作が伴う。少し俯いた姿勢のまま、ユーリが尋ねる。
「それで、ミクのことだけど。一体どう――」
「急に声が途切れたの。一度は出てくれたんだけど、会話の途中で変な音がして」
「変な音?」
「何かが水の中に落ちるような音。その後は何度呼びかけても返事がなくて。最初にテッドが、次にユーリが、そしてミクまで。だからわたし、ティトを連れてアリエスまで戻ったの。よく分からないけど、外は危険なような気がして、船の中で待とうって。操縦室に居れば外の景色も見えるから、誰かが戻ってきても直ぐ分かるし」
「うん、それでいいよ。落ち着いた、賢明な判断だ」
 そう言葉を返しながら、ユーリはパルコムを操作し、ミクの位置を確認した。
 オフトファー島の北西、上陸地点よりかなり内陸に入ったところで、光が点滅する。動きはない。怪我でもしたのか、あるいは何らかの理由があって、パルコムをそこに置いたまま行動しているのか。いずれにせよ、アクシデントが起こっているのは間違いない。出来る限り速やかに、その場所まで行く必要がある。幸いなことに、目の前の湖は至極穏やかだ。この場所に佇んで、もう数分ほどになるが。周囲に危機感を覚えるような気配は、全く感じられない。
 ユーリは、決断した。
「では、サナ。その調子でもう一仕事、頼まれてくれるかな。アリエスで、ここまで迎えに来て欲しい」
 しばらくパルコムが沈黙する。しかし直ぐに端的な質問を投げ掛けてくる様子に、多少の混乱はあるものの、サナが持ち前の能力を十分に発揮できる状態であることを、ユーリは確信した。
「フェルーラに、また一瞬で移動してもらうよう頼めないの? 森を歩いて来ることは無理なの?」
 サナが提示した二つの疑問に、まず答える。
「フェルーラの力に頼ることはできない。この場所に来てもらえば分かることだけど、実はあるモノを発見して急に不安定になったんだ。恐らくそこから発せられる波動に、反応しているんだと思う。僕の場合は、中に入りでもしない限り、そんなに強くは感じないんだけどね」
「それって――ひょっとして、パルメドアの天空塔?」
「多分」
 驚愕を示す息が、パルコムから返される。そのまま言葉を失ったパルコムに向かって、ユーリが続ける。
「だから、僕らの方が動くとなると、地道に森を歩いて抜けるしかないわけなんだけど。浜まではかなりあるからね。どんなに急いでも、今からだと途中で日が暮れてしまう。夜を徹しての移動は危険が多いし、何よりフェルーラの体力がもたない。十分に休息を取りながら進むとなると、早くとも明日の午後の合流となる。でも、それでは」
「ミク達の捜索に、遅れが出る」
「うん、正解」
 その、さらりとしたユーリの返答に、再びサナの口調に乱れが生じる。
「でも、でも――わたしにアリエスを動かすことなんて」
「大丈夫、できる」
 きっぱりと、ユーリが断言する。
「難しいことは、何もない。アリエスの自動操縦システムを使うから。僕がパルコムを通して指示をする。ただ、少し設定を変える必要があるから、それを」
「設定って言われても、そんなの」
 逡巡を色濃く表すサナの声を聞き、ユーリはあえてそれ以上説明することを止め、実行に移った。

 
 
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  第二十章(1)・1