蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十章 示される心(1)  
               
 
 

 サナが所持するパルコムの、画像部分の設定を変更するよう伝える。カメラ機能を有効にし、互いの映像を出す。無論、指示するだけなら、今までどおりの音声通信で十分であるが。小さな画面の中とはいえ、ユーリの姿を目にすることで、サナに落ち着きが戻る。
 そこから先は、余裕であった。こちらもカメラ越しにチェックを入れたが、その必要がないほどサナの作業にミスはなかった。傍らにいるティトも、さすがに非常事態であることを察したらしく大人しい。普段なら、一つの動作、一つの言葉ごとに好奇心を示すのだが、今はじっと静寂を保ち、ユーリと同じくサナの姿を見守っている。
 アリエスを直接、ユーリのパルコムで遠隔操作することは出来ない。ここカルタスにおいてその危険性は皆無に等しいが、外を探査中に万が一にもパルコムを奪われ、そのままアリエスまで敵の手に落ちるという事態を避けるためだ。しかし内部のコンピューター、つまりサナのパルコムでアクセスし、直に操作する分には制限がない。アリエスにはメインの他にサブのコンピューターが三つ搭載されているが、それらに何らかの異常があった際には、パルコムでもバックアップ出来るようシステムが組まれている。もちろん、そう設定を変えるためには、幾つものパスワードを打ち込まなければならないのだが。
「コンソール画面の中央に、ボックスが出ただろう?」
 すでに五回目となる台詞をユーリが言う。
「そこにパスワード、『q42fg9le3a』と入れてみて」
「ええと、q、4、2、f、g……」
 もはや地球のアルファベットは、サナにとって何の苦にもならない対象であった。画面下部に表示されたキーボードの並びですら、完全に把握しているような軽快さで文字が打ち込まれる。
 このアリエスのコンソール画面にはちょっとした仕掛けがあって、指紋認識登録した者しか受け付けないように出来ている。今はまだ必要ないかもしれないが、いずれはサナにも自由に使ってもらうことになるだろうというミクの提案で、事前に登録を済ませていたことに、ユーリは心から感謝した。登録にはユーリ達三人の同意、つまりは指紋とパスワードが必要となる。今この状態で、新たに登録することは出来ないのだ。となれば、サナほどの優れた人材を持ちながら、アリエスを1ミリとて動かすことは不可能であった。
「画面、変わったわ。『Eポート、アクセス有効』って出たけど」
「よし、それでいい。じゃあ次に、君のパルコムをコンソール右にあるスロットに入れて。カバーの上から押し込めるように」
「ええと、入れたわよ。画面に棒のようなものが出て、『認識中』って。あっ、今『認識しました』に変わったわ。というか、そう喋ったんだけど。誰か、女の人?」
「驚くことはないよ、機械が作った合成音だ。別に人が中に入っているわけじゃないから」
 パルコムの画面に代わって、コンソールの大きな画面に現れたユーリがサナに向かって笑いかける。
「設定、成功だね。後は基本、見ているだけでいいから」
 その言葉に、サナがほっとした息を吐く。 ティトまでが、小さな肩を大きく揺らす。
 すでに、ユーリとサナのパルコムは繋いである。サナのパルコムをアリエスにセットしたことで、ユーリ側で直接メインコンピューターへのアクセスが可能となった。ただし船内にいる時とは違って、いかなる命令も受諾してくれるわけではない。成層圏以下の空域での、二時間以内の航行。武器は使えず、スピードも制限される。それでも、今からやろうとする事にとっては十分であった。
 緊急脱出システムのシステムチェックを、先に行う。異常がないことを確かめた上で、自動操縦システムを起動させる。目標地点の座標を入力し、離陸、航行、着陸までの全ての設定を行う。
「よし、ではメインエンジン、始動」
『メインエンジン、始動します』
 サナを驚かせたコンピューターの声が、そう答える。と共に、微かな低い振動音が、アリエス全体を包むように響く。パルコムを通し、耳と、さらに画面に現れた数値で確認を取りながら、ユーリが次の指示を出す。
「コックピットウィンドウ、クローズ」
『コックピットウィンドウ、クローズします。アレスシステム、起動しました』
 高所恐怖症のサナのために、操縦室内の窓を全て閉める。メインコンピューターが、外界を遮断した際に用いるレーダー補助システムを、プログラム通り自動で立ち上げる。
『スクリーン、出ました。転送開始』
「転送確認。解析モードをレベル4に設定」
『設定しました』
「離陸カウントを一分に設定、そのまま待機」
『カウント、一分に設定しました。命令があるまで、待機します……』
 メインコンピューターの声が止む。ユーリが船内の二人に向かって言葉をかける。

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第二十章(1)・2