蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十章 示される心(3)  
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      三  

 レイナル・ガンを携えたヌンタルとの交渉は、大変な作業だった。
 龍に襲われたこと。突然現れた銀色のお化け鳥。二つの怪物が、食うか食われるかの大激突。と思った矢先、天が光に貫かれた。爆音と爆風。壊れた空の欠片が湖に降り注ぐかのように思い、とっさに腕を掲げ、そっと仰ぎ見る。
 龍はどこへ行ったのか。
 空が今も青く、無事であることを唯一の救いとし、銀の怪鳥が緩やかに水面に降り立つ様を見る。硬直し、震える体で見つめる。
 そんな状況にあるヌンタルを、まず落ち着かせることからユーリは始めなければならなかった。
 アリエスの扉を開ける。どれほどの効果が得られるかは分からないが、とりあえず両手をあげ、笑顔を作る。突然現れた巨鳥の横腹から出てきた人間に、顔を引き攣らせるヌンタルを、これ以上脅かさないよう近付くことを諦める。十分に時間を置いてから、静かに呟く。
「こんにちは」
 ぱしゃりと音が響き、水飛沫が上がった。水中に潜ってしまったヌンタルが、戻ってくるのをただ待つ。五分、十分。溜息の数を増やしながら首をひねるユーリの背後で、遅れて現れたサナが囁く。
「ひょっとして、どこかに逃げたのかしら。いくらヌンタルでも息が――あっ」
 反射的に、サナがユーリの背後に隠れる。怯えたわけではない。相手の警戒心を少しでもほぐすため、人数で圧することなく、交渉をユーリ一人に任そうと考えたのだ。
 しかし。
「こんにち――」
 サナの思惑も空しく、またユーリの忍耐も届かず、まるでモグラたたきでもするかのように、せっかく姿を見せた鱗頭が再び沈んだ。
 そんな作業を何度か繰り返すうちに、辺りが薄暗くなる。赤みを帯びた空が急速に冷え、地上との境界線が曖昧となる。シルエットだけを際立たせる森の木々が、一回り大きくなったように感じる。
 ぴしゃり。
 そっと水面を割る小さな音が、思いの外近くで響いた。どうやらこの暗がりが、逆に勇気をヌンタルに与えたようだ。時折向きを変え、蛇行しながらも、ヌンタルは着実にユーリ達の側へ寄ってきた。距離にして、およそ二メートル。ティトに負けないくらいの大きな目で見上げながら、コボコボと水音を立てる。
「――ユーリ、返事」
「えっ?」
「早く、返事を」
「ん?」
 言っている意味が分からず、サナを振り返る。音としか捉えることが出来なかったユーリと違い、意味ある言葉としてヌンタルの声を受け止めたサナが、痺れを切らして顔を出す。
「わたしは、サナ・ピュルマ。キーナスの人間よ。あなたは――」
 黒い布がうねるように、水面が揺らいだ。もはや驚くに値しない恒例の雲隠れに、サナが小さく息をつく。
「脅かしちゃったかしら」
「どう……だろう」
「また、戻って来るわよね」
「戻ってきてもらわないと、困るからね」
 待つことは、もう慣れた。焦れる気持ちを反らすため、さらには、もし戻って来なかったらという不安を振り払うために、小声での会話が続く。
「ところでサナ、操縦席の――フェルーラの様子は?」
「わたしが出てきた時は、着陸時と全く変わらず、じっと席に座っていたわ。心の中までは分からないけど、表面上は穏やかよ。それにティトが」
「ティト?」
「ええ」
 サナの声に、わずかながら軽やかさが加わる。
「わたし達がヌンタルと話をする間、彼女を守ってと頼んだら、随分と張り切っちゃって。おいらに任せろって言って、フェルーラの側に今も付いているの。彼女の手をしっかりと握りながら。フェルーラの方も、それを嫌がるような素振りは見せなかったし。勘違いかもしれないけど、少し微笑んでいるようにも……。でも、まずかったかしら。彼女の側に、ユーリではない誰かを置いておくなんて」
「いや」
 ユーリが首を傾ける。アリエスの機体越しに、何かを伺うような仕草を施し呟く。

 
 
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  第二十章(3)・1