蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十章 示される心(3)  
               
 
 

「大丈夫――だと思う。それに、こういうことに関しては、僕らの中でティトが一番だからね」
「過去の実績からみても、言えてるわね」
 サナの口元が、笑みを作る。しかし、せっかく浮かんだ柔らかな弧は、直ぐに直線へと切り替えられた。
「だから今は、ミク達の方が心配だわ。まだ連絡は取れないの?」
「うん」
 ユーリの表情にも硬さが加わる。
「呼びかけているけど、応答はない。そこから動きもない。もし、ミクの手の中にパルコムがあるとしたら、状況はかなり厳しい。動けない、応えられない事情がミク自身に起きたということになるからね。ただ、僕はそう考えてはいない。多分パルコムは、ミクの手から離れたところにある」
「そう結論付けた、根拠は?」
「位置だよ。というか、その位置に至る経緯」
 こうして会話を続ける間も、片時も気を抜かず水面を伺う姿勢に疲れ、ユーリが小さく体を揺らす。主に左足にかけていた重心を、右に移して声を出す。
「ミクと連絡が途絶えた地点から、パルコムは二キロメートルほど内陸に移動したんだけど。その速さが尋常じゃないんだ。少なくとも人が平地を全力で走る、1・5倍ほどの勢いで移動し、今ある位置で止まった」
「つまり、パルコムの移動はミクによるものではないと?」
「うん」
「何か別の生き物が、持って行ったのかもしれないと?」
「うん」
「そしてそれは」
 ユーリと同じように湖水を見つめ、サナが呟く。
「ヌンタル、の可能性があると。あのレイナル・ガンを持って――」
 サナの声に、緊張が蘇る。水面に、また皺が寄る。大分見慣れた感のある鱗頭が浮かび、ゆっくりと近付いてくる。
 ユーリは、ヌンタルとの関係がまだ断絶していないことに、ほっと胸を撫で下ろした。今度こその想いを秘めつつ、努めて穏やかな口調で言う。
「こんにちは、じゃない、こんばんは」
「こんばんは」
 サナも続いて挨拶を施す。それを合図に、ユーリは半歩後ろに下がった。ヌンタルが発する音を言語として聞き取れない自分では、まともな会話など出来ない。交渉を、サナに託すことにする。
「サナ」
「分かってるわ」
 小さいが、決意の漲る声を返すと、改めてサナはヌンタルの方を向いた。
「あなたは、ヌンタルね。わたしはキーナスの人間です。ここから南東の方にある大陸の」
「南東の大陸?」
 ユーリの耳には、未だコポリとした響きにしか聞こえない言葉で、ヌンタルが問い返す。
「それなら、俺達を襲ったりしないな」
「もちろんよ」
「そうか。じゃあ、俺はもう行く」
「行くってどこへ?」
 前方を遮るアリエスを迂回する形で、くるりと横を向き泳ぎ出したヌンタルに、サナが慌てて声をかける。
「待って。あなたに尋ねたいことがあるの。その銃は――」
「俺は今、忙しい」
 そう言いながらも、サナの呼びかけに立ち止まり、さらには少し戻りつつヌンタルが呟く。
「俺はもう、行かなければならない。大事な用がある」
「用って、何?」
「人を探さねばならない」
 結局、先ほどの地点、サナ達からおよそ二メートルの位置まで戻ってきたヌンタルが、ぎょろりと目を動かし二人を見据える。
「グゥーリとザナという人間に会わなければならない」
「グゥーリとザナ?」
 サナがユーリを振り返る。
「それって、ひょっとして」
 怪訝な表情のユーリから、再びヌンタルに視線を戻す。
「ユーリとサナ?」
「そうだ、そのグゥーリとザナだ。じゃあ、俺は行く」
「ま、待って。そのサナというのは、わたし」
 思わずサナが、身を乗り出す。
「そして彼が――ユーリなんだけど」
「お前がザナで、そいつがグゥーリ?」
 すっと水面に線を刻みながら、ヌンタルが勢いよく近付いた。激しく水飛沫が散ると同時に、半弧を描き、レイナル・ガンがユーリに向かって飛んでくる。

 
 
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