蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十章 示される心(3)  
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「頼まれた通り、返したぞ」
 厄介なものと縁を切ることができて、清々したと言わんばかりの表情で、さらに続ける。
「それがあれば、コークゥラッフェタをやっつけることができ――う〜ん、でももう、その大きな鳥がやっつけてしまったから、使い方を教える必要はないな。じゃあ、確かに返したぞ」
「あっ、待って。頼まれたって誰に」
 思わず目を見張るほどの美しい背びれを翻し、潜りかけたヌンタルにサナが大声を出す。逃げることなく振り向いたヌンタルが、手を伸ばせば触れるくらいにまで近付く。
「忘れていた。もう一つ用があった。オフトファー島のスキュトゥク洞窟に、お前達の仲間がいる」
「僕達の仲間?」
 ようやくヌンタルの言語を、七割程度聞き取れるようになったユーリが、会話に加わる。
「それは男? 女?」
「男と女、両方だ。オアバーダの女と、オアバーダではない男」
「オアバーダ?」
「多分、ミクのことよ。彼女の赤みがかった髪で、そう判断したのね」
「そうだ、ミク。そんな名前だった」
 軽く首を傾げながら、ヌンタルが続ける。
「もう一人は、エッデ、エッド、エッベ――」
「テッド!」
 ユーリとサナが声を揃える。大きくヌンタルが頷く。
「おお、それだ、デッドだ。じゃあ、伝えたぞ」
「あっ、待って」
 もう何度目になるのか分からないくらいのこの言葉に、ヌンタルが律儀に反応する。恨めしげな目を向けながらも、ユーリの言葉を待つ姿に、微笑ましい思いが込み上げる。小さな子供に宿るような真っ直ぐな心に、心地良さを感じつつ質問を施す。
「君の言う、スキュ――ルク洞窟だっけ? 場所がよく分からないんだけど」
「スキュルクではない、スキュトゥクだ。行き方なら簡単だ。この湖の北の道からクーツゥフ島に抜け、そのあと東にある三本道の真ん中を使い、オルオロッパ島まで行く。そこからは、常に西に沿って道を選べばカンタッフ島に出るから、後はオフトファー島まで――」
「その道のことなんだけど。君が言っているのは、水の中の道、なんだよね」
「当たり前だ」
 苛立つように強く息を吐き、ヌンタルが対岸を指差す。
「あそこにある大きな木の、ちょうど真下辺りに最初の道がある。そこから奥へ入って――」
「いや、そういう事ではなくて。そもそもその道を、僕達が進むことはできないんじゃないかと」
「当然だ」
 きっぱりとヌンタルが言い放つ。
「人間には通れない」
「ということは……。君が教えてくれた道順では、僕らは仲間のところに行けないことに」
「…………」
 大きな目を覆う瞼が一度閉じ、また開いた。見る見るうちに、困惑した表情に変わる様を見て、説明してくれた道以外に、このヌンタルは何も知り得ていないことをユーリは察した。彼の世界は、水の下にある。水の上の地図を見せたところで、テッドやミクの居場所を特定できないだろう。
 となれば、残る手は。
「一つ、頼まれて欲しいんだけど」
「またか?」
 顔全体に皺を寄せ、ヌンタルが呻く。しばらくは拒絶の意思を示したものの、最終的にはサナの「お願い」という言葉に、ヌンタルは屈した。
 サナからパルコムを受け取る。身を翻し、湖水に沈む。すっかり日の落ちた闇の中で、アリエスから零れる光を様々な色に撥ね返す背びれが、水面に虹の残像を残す。
 待っている時間は、思ったほど長く感じなかった。
「ユーリ!」
 パルコムから流れてきたテッドとミクの声に、サナと共に笑顔でユーリが応えたのは、ヌンタルが姿を消しておよそ一時間後のことであった。

 

 
 
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