蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十一章 天空塔(1)  
               
 
 

「……綺麗ね」
 溜息交じりのサナの声に、皆が沈黙で同意を示す。時間にして、ほんの五分。目指すウクット島の手前にあるクーツゥフ島の影に、全ての光が隠れるまで静かな時が続く。穏やかでありながら、こうして目を閉じただけで瞼の裏に優しい光が蘇ってくるほど、強い印象を心に刻む。
「――おい、ユーリ。聞いてるのか?」
「あっ、ごめん」
 ユーリは我に返った。腕を組み、呆れたようなテッドの顔に、問い返す。
「ええと、何?」
「やっぱり聞いてなかったな」
「……ごめん」
「まったくお前は――」
「テッドが尋ねようとしたのは、塔の入り口がどうなっているかです」
 素早くそこで、ミクのフォローが入る。テッドの小言がいったん中断し、本題に戻る。
「今までの経験からして、でかいものは考えられない。せいぜい人が二、三人、並んで入れる程度か。となれば、アトランティスで潜っても意味がねえからな」
「うん、そうか。そうだね」
 頷きながら、ユーリは改めて塔に視線を送った。意識をそこに乗せ、水の奥へと伸ばす。
「入り口は……。やっぱり今までと同じような感じだ。でも、下の方が地中に埋まっている」
「埋まっている? タンク担いで入ることは可能か?」
「それは、大丈夫だと思う。埋まっている部分は少しだけだから」
「そうか」
 ユーリの答えにほっと息を吐き、テッドがミクを振り返った。
「俺達まで潜れないってことはないようだが。サナを連れていくのは無理だな。どうする?」
「そうですね」
 さらりと髪を揺らしながら、ミクが言う。
「まあ、サナのことですから。二日ほど集中して練習すれば、苦もなくダイビングをこなせるようになるでしょうが。とりあえず今日のところは、アリエス内にて待機してもらい、パルコムを通して画像を見てもらう形がいいでしょう。そもそも、サナの手を煩わせるような所まで、行けるかどうか不明ですからね。塔の中に潜り込んだところで、私達が目にすることが出来るのは、小魚達のささやかな住処。そこから先に進みたければ、ソーマの目にあった塔のように、鍵となる種族が青銅の扉の上に立たなければならない。残念ながら百パーセント、私達はその鍵ではない」
「ちょい待ち」
 組んだ腕をほどきながら、テッドが呟く。
「まあ、俺達三人は違うとして。サナもティトもやっぱり違うとして。もう一人、今ここで試せる人間、というか種族が、俺には居るように思えるんだが。というか、見えてるんだが」
「それは――確かに私にも」
「僕にも見えてる」
 三人の目が、揃って湖水を捉える。
 昨日、ユーリがここを後にした時に比べ、随分と湖は賑やかになっていた。十数人のヌンタル達。群れという呼び方は失礼に当たるかもしれないが、それを一つの集団単位とみなした場合、全部で十四、五くらいが集結していた。もちろん、彼らの興味は塔などではなく、広く美しく、何より空を映すこの湖水。彼らを襲う人間達に、まだ毒されていない水辺。理由は、例の龍のような怪物が、長きに渡り、人のみならず彼らをも退けていたからなのだが。もうその化け物はいない。
 身振り手振りを交えて、フパックプフがその時の様子を仲間に伝える。話につられてここまで来たものの、なかなか信じることが出来ず、頭をそっと水上に覗かせては引っ込めていた他のヌンタルたちが、徐々に緊張を解く。十分に距離を保ちながらも、興味深げに、化け物を退治した銀色の怪鳥を眺める。
「心配いらない」
 ごぽごぽとしたヌンタル特有の発音は、全体的にくぐもった響きであるのだが。多くの仲間を前にして、ただ一人の歴史的事実の目撃者は、いつもより数段大きな声を張った。
「あの鳥は、空では物凄い暴れようだが、水の上では大人しい。一度舞い降りたら、ぴくりとも動かない」
「確かに、ここに来てからまだ一度も動かないな」
「あれから大分経つのにな」
「でも、あの人間達は……」
「あいつらは……多分、あの銀色鳥の子供だ。腹から出てくるのを見たからな」
「子供……」
 見事なまでに、鱗頭が揃ってユーリ達を見据える。
「どう見ても鳥には思えんが」
「人にしか見えん」
「あれが本当に、鳥なのか?」
「違う、違う。全部がそうなわけじゃない。赤い髪の女はオアバーダの人間だ。茶色い髪の奴は、オアバーダの人間じゃないが、女の仲間だ。だが黒い髪の男は、鳥の中から出てきた人間で――あれ? 今俺、人間って言ったか? 言ったな? う〜ん」
 すっかり悩んでしまったフパックプフに、助け舟を出すべきか否か。ユーリ達が互いに顔を見合わせる。だが、その心配は、彼らにとっての最大の関心事に話題がそれることで、杞憂に終わった。
 ヌンタル達のざわめく声が、一段と大きくなる。この美しい新たなテリトリーを、どう活用するかの会議が始まる。

 
 
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  第二十一章(1)・2