蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十一章 天空塔(1)  
              第二十一章・2へ
 
 

 群れにはそれぞれリーダーがおり、彼らが中心となって議論が進められた。活発に、姦しいほど意見が出されているが、もめている様子はない。貴重なこの場所を、争って奪い合うような考えは、端から無いようだ。そもそも、この場所を独占するほど、各集団は大きくない。
 一歩島を出れば、大きな敵を抱える彼らにとって、互いに譲り合い協力し合うことは、生きていくための最低限の術なのだ。思えば自分達を助けてくれたのも、そういう意識が働いたからかもしれない。彼らの言う奴らに対して、共に弱者であったことが、良い方向に転がったのだろう。
 でも。
 粛々と進む会議を見据えながら、ユーリは思った。
 今もそれが、続いているかどうか……。
 主役を各集団の長に譲り、出番を終えたフパックプフがこちらを向く。そっと視線で合図を送り、呼び寄せる。最初に出会った時の事が嘘のように、警戒することなく近寄ってくる姿に不安を覚える。
 この場所での命の危機は、もう無い。障害は取り除かれた。同種族であるならまだしも、どちらかといえば敵対関係に近い自分達に、彼はまた協力してくれるだろうか。
 コポリと直ぐ足元で水が音を立てる。皆の正面まで来て、両腕を岸に掛ける。眩しいほどに煌く背びれを太陽に晒し、上半身を陸に上げる。
「何だ? 何か用か?」
 そのフパックプフの姿に、ユーリ達は下手に小細工することを諦めた。単刀直入に、ミクが言う。
「一つ……頼まれて欲しいことがあるのです」
「ふん。で、今度は何だ?」
 拍子抜けするほどあっさりとした返事に、一瞬の間が空く。フパックプフの方が、先に口を開く。
「今度は、何に困っている?」
「ありがとう」
 頼みごとに入る前に、まずその気持ちに対して、ユーリが感謝の言葉を発した。不思議そうな顔をするフパックプフに、微笑みかけながらミクが交渉に入る。
「実は……この湖のほぼ中央に、塔のようなものが沈んでいるのを、あなたも見たと思うのですが」
「ト――ウ?」
「大きな木のように、石を積み上げたものです」
「ああ、あれか」
 ヌンタルが後ろを振り返りながら頷く。
「ここからでも見える、あれだな」
「ええ、そうです。頼みたいのは、私達と一緒にあの中へ行って欲しいのです」
「お前達を、俺があそこまで連れていくのか?」
「ええ」
「あそこに行って、魚でも獲るのか?」
「いえ」
 説明に迷い、ミクは言葉を濁した。
 単純に、ただ運べばいいと頼む方がいいか。それとも、塔の中に入る目的まで話すか。過去の経験からして、大きな危険はもう無いだろうから、行き当たりばったりでも良いように思うが。もし、ヌンタルが塔の鍵であった場合、ソーマの目の時のように、青銅の扉が開くと同時に大量の光に包まれてしまうかもしれない。そうなれば、彼を驚かせることになる。扉が完全に開く途中で、逃げてしまうことも考えられる。
 やはり、ある程度の覚悟をして、臨んでもらう方がいいかもしれない。
 機嫌よく、この湖で見かけた魚の種類を次々と説明するフパックプフを見つめながら、ミクは決断した。
 きっぱりとした口調で、続ける。
「フパックプフ、私達はそこで魚を獲るつもりはありません」
「獲らないのか? アゥドァウは美味いぞ。頭の部分が特に」
「聞いて下さい、フパックプフ。私達は魚を獲りたいのではなく、塔の奥に進みたいのです」
「トウの奥?」
「塔の底、その先に」
「先――なんてあるのか? 俺達がいつも使うような道が。あの大きな石の底にあるのか?」
「それは、行ってみないと分かりません。仮にあったとしても、あなた達の言う道のように、ぽっかり大きく空いた穴は見えないでしょう。まず、それを塞ぐ、青銅の扉を開かなければ」
「セイド――ウ?」
 理解できない言葉に、フパックプフが首をひねる。その姿に、ミクが最後の事実を告げる。
「場合によっては、その扉を開ける時に、何かとてつもない事が起こるかもしれません。大きな音がするとか、突然強く光るとか、激しい水の流れが起きるようなことも」
「そうなったら、お前達では溺れてしまうな。よし、分かった。手伝ってやる」
 歯切れのいい快諾が返ってくる。その様子を見て、ユーリは交渉の最後の決め手として用意していた、「万が一の際には、僕達が守るから」という台詞を心の中に押し止めた。たとえウェットスーツを着込み、タンクを背負ったところで、自分達が水中でヌンタルに勝ることはない。
 結局、また助けてもらうことになるかもしれない。
 そんな予感を、場の全員が覚える。口々にフパックプフに礼を述べ、準備に入る。
 そして。
 すっかり様相の変わった井出達で、再びユーリ達がフパックプフの前に姿を現したのは、その日の午後。すでにヌンタル達の会議が終わり、湖が元の静けさを取り戻した時であった。

 

 
 
  表紙に戻る         前へ 次へ  
  第二十一章(1)・3