蒼き騎士の伝説 第六巻 | ||||||||||
第二十二章 命ある星の下で(1) | ||||||||||
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<命ある星の下で>
一
ユーリは、保護カプセルの側にスツールを引き寄せ、腰を下ろした。カプセルに手を翳す。横たわるフェルーラを見る。はっきりと深い翳りをその顔に見出し、眉を寄せる。
天空塔の探索が、早々に打ち切りとなった一行は、ひとまずキーナスに戻ることを決断した。理由は二つ。五つ目の塔を探すための資料を、ブルクウェルにて補充したいとサナから申し出があったこと。そしてユーリ側にも、これまで得た情報の分析を、一度エターナル号のメインコンピューターでやっておきたいという思いがあったためだ。
闇に乗じて、アリエスをブルクウェル上空へと進める。大胆にも街外れの街道沿いに降り立ち、サナを城まで送り届けた後、再びアリエスにてダングラスの森へと飛ぶ。それら全てを夜のうちに終え、何事もなく次の日を迎える。
予定では、三日後の夜に再度ブルクウェルまで行き、サナと新たな資料を運び込み、全員揃って、次なる目的地を捜し求める旅に出る手筈となっていた。しかし実際は、沢山の書物と共に待つサナを迎えに行ったのはミクのみで、結局またダングラスの森に帰ってきた。それから二週間が過ぎた今日も、一行はまだこの森の中にいる。精神的な不安定だけではなく、体にまでフェルーラが変調を来たしたためだ。
兆候は、すでにキーナスに向かおうとした頃からあった。正確にはもう少し前、塔の探査を終え、アリエス内に戻った時だ。ユーリと共に、一気に過去を遡ったことが堪えたのか。あるいはその過程において、繰り広げられた残酷な歴史に、心が憔悴しきったのか。疲れた表情を見せていたフェルーラが休む部屋に、ユーリが入る。直ぐ様、大きな声でテッドを呼ぶ。
ぐったりと、与えられた保護カプセル内で眠るフェルーラの額に、脂汗が滲んでいた。両手で胸を押さえ、苦しげな息を吐く。
「……心配、しないで」
差し伸べられたユーリの手を握り返しながら、フェルーラが呟く。
「怖がら……ないで」
薄っすらと瞼が開き、赤葡萄色の瞳がユーリを捉える。
「わたしは大丈夫……だから。心を――心を乱さないで」
言葉の終わりが、掠れて細る。深い眠りに入る。
早速、テッドによる検査が行われた。アリエスよりも充実した医療機器のある、エターナル号に移される。ほどなく医師が、一つの診断を出す。心臓肥大。通常なら左心室の壁の厚さは7〜11ミリ程度であるのに対し、フェルーラの場合は14ミリ近くにまで達しているらしい。
「このまま放っておけば、心不全を起こす可能性がある。まずは薬を使って経過を見たい。それに、ちょっと気になる点もあるしな。さらに詳しい検査が必要だ」
ここでもし、サナが新たに調達した資料の中に、五つ目の塔と思しき記述を見出せていたなら、テッドにフェルーラの治療を任せて、別行動を取ることも考えたのだが。未だそれらしきものを特定できない状況が続き、結果的にユーリ達は、エターナル号の側を離れられずにいた。
フェルーラの検査と治療に明け暮れるテッド。持ち込んだ本の山に埋まりながら、糸口を探そうとするサナ。そのサナの作業を少しでも簡素化するため、全てのデータをコンピューターに移し、かつ解析プログラムを組むミク。そして、それらの作業の補佐と、日々、不機嫌になっていくティトの相手をすることが、ここ数日間におけるユーリの仕事であった。
作業がより専門的になるにつれ、自然とティトと過ごす時間が多くなる。基本、身体を大きく動かす遊びが中心となる。狙いはもちろん、遊び疲れたティトを、昼寝へと向かわせるためだが。同時にこれは、ユーリ側にもメリットをもたらした。デスクワークで蓄積した疲労を、和らげる働きがあったのだ。
ちなみにこの戦法は、ミクも積極的に取り入れているようだった。たまに彼女がティトの相手を務める事があるのだが、戻ってきた時、その息はいつも軽く弾んでいた。表情は明るい。溜まった疲れの全てが癒えたわけではないだろうが。ティトと過ごした時間のお陰で、少なくとも表層から伺えない所に、それは押し込められていた。
そのミクが言う。
「作業を代わりましょう」
「うん。でも、ティトは昼寝中なんだろう? だったら僕も」
「残りは、これだけですね」
ミクの細い指がキーボードを叩く。
「これなら一人で十分です。ティトが夢の中にいる今の内に、休憩を取ってきて下さい。サナから次の資料が届く前に」
「僕はまだ大丈夫だよ。それよりミクの方こそ、もう少し休んで――」
「彼女の様子でも、見てきたらどうですか?」
目の前の画面を注視しながら、振り向くことなくミクが言う。
「今日はまだ、フェルーラの顔を見ていないでしょう?」
「そう……だけど」
凛としたミクの横顔を見据えながら、ユーリは口ごもった。