蒼き騎士の伝説 第六巻 | ||||||||||
第二十二章 命ある星の下で(3) | ||||||||||
1 | 2 | |||||||||
三
ユーリはアリエスの前で、一度立ち止まった。辺りを見渡す。初めてカルタスに降り立ったあの日と同じく、鬱蒼とした森の木々を瞳に映し、深く息を吸い込む。澱みのない、ほのかに若芽の香を含んだ空気が、肺いっぱいを満たす。
森は偉大だ。時代と環境に全くそぐわないエターナル号とアリエスを懐に抱きながら、なお優しい呼吸を繰り返している。何百年もの時を費やせば、このぽっかり抉れた空間も元に戻ることだろう。命とはそういうものだ。一つ一つは弱くとも、繋いで、時をかけて、大きく育つ。さび付いて、その形すら止めぬエターナル号の残骸を尻目に、この森は生き続けるだろう。
ただし。
ユーリの目が、木立の上に据えられる。くっきりとした青い色に、心を曇らせる。森を抜けた先にある、外の出来事に想いを馳せる。
ブルクウェルに立ち寄った際、ユーリ達はアルフリート王と面談した。たとえ短くとも、久しぶりと歓談の一時を楽しむことが出来れば良かったのだが。彼らを囲む状況は、それを許してはくれなかった。
王城は、少なからずの緊張感に包まれていた。オルモントール国とのいざこざは何とか鎮めたものの、北のイルベッシュ騎士団より、一部のラグルが暴れているとの報告があったのだ。オラムがその収拾のために向かったが、事が長引けば、いったんは引く構えを見せたオルモントールを再び刺激するやもしれない。さらに、フィシュメル国よりもたらされた、ユジュール大陸にて不穏な動きありとの情報も気になる。そんな情勢下にある王に、ユーリ達はウル国での出来事を手短に伝えた。
王の瞳に、雷光が宿る。即座に動く。城に漲る緊張が、さらに高まる。
タングトゥバの大戦以来、二百年余の時を経て、ユジュール大陸から再び大船団が送り込まれるかもしれない。背後にガーダが暗躍しているとなると、ユジュール大陸どころかアルビアナ大陸全体が、炎の海となるかもしれない。戦争が始まる。キーナス一国だけではない、地上にある者全ての命運を賭ける戦いが、目の前に迫っている。
そんなブルクウェルを後にして、ユーリ達はこの森に来た。表面的な喧騒からは離れたものの、本質的には逃れていない。いや、そもそも自分達は逃げたわけではない。むしろその本流に、中心たる核に。今一度挑むための準備をしているのだ。
「――おい、ユーリ。おいらの話をちゃんと聞いてるのか?」
「えっ? ああ」
口元を強く結び、大きな目を見開いて非難の意を示すティトに、ユーリが正直に答える。
「ごめん……聞いてなかった」
ティトの頬がりんごほど膨らむのを見据えながら、さらに謝る。
「本当にごめん。ええと、何だっけ?」
「お前の国のことだ」
「僕の国?」
「お前の国はどこにあるのかって聞いたんだ。この空飛ぶ船でなら行けるんだろ?」
頬の膨らみが少し落ち着く。
「お前、ユジュールから来たって前に言ってたけど、違うだろう? こんな空飛ぶ船はどこにもなかった。シュイーラにもウルにも。シャンやトノバスが持っているという噂もなかった。世界中のどの大陸もどの島にも、こんな船はないんだ。ということは」
ティトの丸っこい手が空を指す。
「残っているのは、あそこだけだ。あの空のどこかに、ユーリの国があるんだろう? 空飛ぶ船で、そこに行けるんだろう?」
「う……ん、まあ」
――そうだ。
と言おうとする直前、ユーリは踏みとどまった。きらきらとしたティトの目に屈する。どれだけ理解してもらえるかは分からないが、できる限り正しく伝えたいという気持ちになる。
ユーリは片膝をつき、ティトの目を真っ直ぐ見返した。
「ティトの考えは、半分くらい当たっているかな」
「半分?」
きゅっと眉を寄せ、首を傾げるティトにユーリが微笑む。
「僕らの星――僕らの国は、あの太陽よりも高い空にある。夜空に現れるたくさんの星々の間を縫って、やっと辿りつくようなところに」
「星の間?」
大人でさえ理解の範疇を超えるであろうユーリの話に、ティトの目がまん丸となる。
「じゃあ、じゃあ」
瞳どころか、顔中を輝かせて叫ぶ。
「この船に乗って、ユーリの国に行く途中で、星を捕ることができるのか? こうやっていっぱい、捕まえられるのか?」
両手で水をすくうかのような仕草をするティトに、ユーリは困惑した。
純粋な気持ちの前で、嘘はつけない。だが、掌にすくうことはできないが、そこに無限の夢が詰まっているのは間違いない。彼の冒険心や好奇心を削ぐことがないよう、言葉を探しながらユーリが声を出す。