蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十二章 命ある星の下で(3)  
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「捕るのは……難しいな。手を伸ばせば届くようなところまで、近付くことはできるけど。星が輝くような高い空は、まるで、そう――海の中のようなんだ。船から一歩外に出れば、息をすることができない。自由に動き回って星を捕ることはできない。それに夜空にある星は、こうして両手を広げるだけで、全て抱えることができるように思うけど。実際は、とても大きなものなんだ。ほら、向こうにある赤い木だって、ここで見るより側で見た方がずっと大きいだろう? 空の星も同じなんだ。一つ一つ、とてもじゃないけど、手の中には納まらないほど大きい。それくらい、星は遠くにあるんだ。果てしないほど、遠くに」
「遠く……」
 ばちりと一つ瞬きをし、ティトが言う。
「星は、そんなに遠くにあるのか?」
「うん」
「ユーリの国も、空の星ほど遠いのか?」
「うん、まあ」
「そんなに遠くだと」
 少し俯き、目だけをユーリの方に据えたままティトが呟く。
「寂しい……だろう?」
 思いもかけぬ方向からの問いかけに、ユーリは一瞬言葉に詰まった。無言のまま、手を伸ばす。ティトの髪を二度撫でてから、微笑む。
「寂しくないよ。テッドやミクが、いつも一緒にいるからね。それに、この星にもたくさんの仲間が出来たし。心許せる、信頼できる友達――ティトみたいなね」
「おいら?」
「うん、そう。ティトやサナや、アルフリート王にオラム、ロンバードにフレディック」
「旦那は?」
 ユーリの手の下で、ティトの頭が小さく揺れる。
「旦那も仲間に入れてあげないと」
「もちろん」
 明るい笑みが、ユーリの顔中を包む。
「シオ・レンツァ公には、どれほど助けられたか。大切な、大切な人の一人だ」
「よし、それでいい」
 満足そうに、ティトが頷く。その小さな頭をもう一度優しく撫で、ユーリはそこから手を放した。
 立ち上がり、アリエスの扉を開く。しっかりと、今回の旅について説明をし、ユーリ以外は全員留守番と納得させたにも関わらず、なお乗りたそうな素振りのティトに、下がるように指示をする。羨ましそうに見つめるティトの視線を背に感じながら、扉のステップに足を置く。
 ……ん?
 妙な胸騒ぎを感じ、ユーリは再び辺りを見渡した。揺るぎない、穏やかさの彼方に目を凝らす。山を越え、海を渡った先にまで、気持ちを飛ばす。
 ひょっとしたら、もうすでにウル国とシャン国は、戦争に突入しているのかもしれない。自分はそこまで感じることはできないが、フェルーラはそれを敏感に感じ取っているのではないだろうか。ここ数日の容態の悪さは、身体的なものだけではないのかもしれない。自分が今感じる胸騒ぎは、そんなフェルーラの心に連動して――、
「――おい、ユーリ、聞いてるのか?」
「え? ああ」
 本日二度目の強い抗議に、ユーリが再び謝罪する。
「ごめん、ティト。また聞いてなか――」
「おいらが知りたいのは」
 ふくれっつらを残したまま、ティトが言う。
「それはどんな所かってことだ」
「どんな……所?」
「そうだ」
「ええと……それは、どこの――」
「ユーリの国に決まってるだろう」
「ああ、地球のことか」
「チキュウ?」
「そう、地球」
 強い興味が一瞬にして不満を押しやる様子を見やりながら、ユーリが続ける。
「ここに似てるよ。カルタスに」
「カルタスに?」
「うん。まるで双子のようにそっくりだ。命をはぐくむ海に覆われた、とても美しい星だよ。真っ暗な空間の中で優しく光る、蒼い、蒼い星」
「ふむ。じゃあユーリは、その蒼い星の騎士なんだな」
「えっ?」
「おいら、その蒼い星に行ってみたい」
「ティト?」
「ユーリの国へ、行ってみたい」
 好奇心だけではない輝きを、ティトの大きな瞳の中に見出し、ユーリが柔らかく答える。
「うん。いつかね」
 その答えに勢いよくティトが頷く。今度は素直に、アリエスから離れる。留守番組――ではなく、サナとミクと、さらにはフェルーラを守るという崇高な任務につくべく、エターナル号まで駆けていく。
 共に、蒼き星に生まれし者として、ユーリは少年の姿を頼もしく見送った。

 

 
 
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