蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十二章 命ある星の下で(4)  
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      四  

 サナは、ミッドデッキ内の通路を歩いていた。
 これがブルクウェルの城であれば、一歩足を進めるごとに杖の音が姦しく響くところだが。エターナル号の全ての床は、一見よく磨かれた石のような光沢を放っているにも関わらず、返す力は柔らかい。まるで、ほどよく茂った若芽ばかりの草むらを歩くかのようだ。
 その感触に支えられ、よどみなく足を進める。ユーリ達が、メディカルブロックと呼ぶ区域の前で立ち止まる。白い壁と同化するように二つ並ぶ、扉の右を選べばフェルーラの眠る場所に。左に行けば、ここ数日テッドが詰めている部屋へと続く。
 サナは、左の扉に据え付けられた、緑の線で囲っただけの小さな長方形の中に掌をあてた。囲まれた線の中が青く光る。ほとんど音もなく、中央が割れる。扉の壁が左右に流れ、先の視界が広がる。
「テッ……」
 最後まで発することなく、サナは声を呑み込んだ。腕を組み、机を前にして座るテッドの頭が、深く背もたれに沈んでいる様子に状況を察する。不眠不休の努力がもたらす疲労の影を、その横顔に見出しそっと部屋を出る。閉められた扉の代わりに、隣りを開ける。サナの瞳に、ずらりと並ぶ保護カプセルが映る。
 疲れているのは、何もテッドだけではなかった。ブルクウェルから新たに持ち込んだ資料を、徹底的に一から洗う作業。最初はミクに手伝ってもらいながら、それこそテッドと同じく寝ることも忘れて没頭したが。どれほど気持ちがあっても、肉体的な限界に逆らうことはできなかった。
 結局、ミクと交代で、休憩なり睡眠なりを取ることにする。しかし、いざその段になると、心も体も素直に休んでくれない。酷使し続けた脳が、即座に覚醒状態を解こうとはせず、体の方は、むしろ活動不足を訴えてくる。なかなか寝付けず、何とか眠れたとしても費やした時間ほど回復をみない。そんな彼女に対し、わずかな休憩でいつもすっきりとした表情をみせるミクに、サナは疑問を持っていた。
 一昨日になって、ようやくその謎が解ける。フェルーラが眠る、この奇妙な寝床をミクも利用していたのだ。通常は、ミク達もサナと同じく、ミッドデッキ内に割り当てられたそれぞれの個室で睡眠を取るのだが。こういう風に短時間で、気力、体力を回復させる必要がある時は、ここを使うらしい。少しの時間で、深く眠ることができる仕掛けが、カプセルには施されているとのことだった。
 ミクの説明によると、何でもこの装置は逆の作用もあるらしく、長期に渡る航行時に無駄な力を消費することのないよう、数日に渡って眠ることもできるそうだ。その際には、体温は低く、呼吸も少なく、限りなく死に近い状態になると聞くに及んで、絶対にこの中には入りたくないと思ったのだが。日を追うごとに作業能率が低下していくのを、もはや無視することができず、昨日よりそれを受け入れることを決めた。
 半日近く、ぐっすり眠ったかのような目覚めに、久方振りの心地良さを覚える。設定通り、一時ほどしか経っていないことに驚く。他の多くの、まるでおとぎ話や夢物語に出てくる魔法のような道具と同じく、その性能に感心する。と同時に、恐れを抱く。これら道具に対してではない。それを使うユーリ達に対してでもない。何の躊躇もなく安易に、むさぼるように飛びついてしまう自分の心に、不安を覚える。
 人が、自らの腕に抱くことができる量は限られている。日頃から、サナはそう思っていた。自分の身の丈以上のものを背負っても、押し潰されるだけだ。旅に出て、その見解は別の観点からも正しさを増した。世界は無限ではない。それを人は、分け合って生きている。自分が必要以上に多くを抱え込めば、それだけ他の人々の持分を奪うことになる。
 ということは、もしかして。
 フェルーラの右隣りにあるカプセルの前で、サナの手がためらいを見せる。開閉ボタンを押す寸前で、止まる。
 ユーリ達の文明の高さ、豊かさは、彼らが搾取の限りを尽くした結果なのだろうか。
「――いえ」
 小さな呟きと共に、サナがスイッチを押す。
「それは……多分、違うわ」
 微かな音を伴い、カプセルの上半分がせりあがる。穏やかな眠りを保障する寝床が姿を現す。

 
 
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  第二十二章(4)・1