蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十二章 命ある星の下で(4)  
             
 
 

 人の手が奪うだけではないことも、サナはまた知っていた。与えることのできる、新たに生み出すことができる、そんな力を人の手は持っている。ユーリ達の持つ文明の利器の多くは、そういう力があったからこそ、成し遂げられた部分があるのではないか。過去において、あるいは彼らの与り知らぬ歴史において、常に正しく美しかったかどうかは分からないが。奪うだけで得た力が、これほどのものを生み出すとは思えない。というより、そう思いたくない。少なくとも、彼らの姿勢からは伺えない。
 ユーリ達の国が一体どこに存在するのかは、まだはっきりとした説明を受けてはいないが。その彼らの国に何の関係もないであろうウル国のことを憂い、ひいてはキーナスや他の全土に起こり得る悲劇を避けんと、皆懸命に頑張っている。必死で資料を括るミクも、フェルーラの命を救わんと奮闘するテッドも。所詮は他人事という意識は微塵もない。何より今、ユーリがやろうとしていることは、命を賭ける行為だ。いくら友好的と言っても、あのガーダと――、
「えっ?」
 耳に低い唸るような音を感じ、サナは慌てた。誤って、何か別の差動装置に触れてしまったのだろうか。そう考え、下ろしかけた腰を浮かしたところで、認識の間違いに気付く。左にあるカプセルが開いているのを見る。
「フェルーラ?」
 ほっそりとしたフェルーラの体が、ゆっくりと折れる。ふわりと浮き上がるように、上半身が起こされる。虚ろに前を見据えながら、小さく呟く。
「……ユーリ」
「フェルーラ?」
「……ユーリ」
「ねえ、一体どう――」
「ユーリ」
「フェルーラ!」
 呼びかけが、叫び声に代わる。サナの予想を超える素早さで、フェルーラが動く。
 弾けるようにカプセルから飛び出る。体に付けられた、幾本ものひも状のものが剥がれる。カプセルに異常があったことを知らせる警告音が高く響く中、裸足の足が、病人とは思えぬ力強さで床を叩く。あっと言う間に、通路へと続く扉の向こうに消える。
「テッド!」
 悲鳴のような声が、サナの唇から零れた。フェルーラの後を追いかけながら、なおも叫ぶ。
「テッド、テッド、テッド!」
 三言発する間に一歩しか進まぬ歩みに、いつしか涙ぐむ。
「――テッド!」
「サナ?」
「テッド、フェルーラが」
 隣室に繋がる扉が、ようやく開く。現れたテッドに、サナは崩れるように縋りついた。
「急に――急に出て行ったの。ユーリの名を呼びながら。きっと彼がここを離れようとしていることに気付いたんだわ。だから慌てて」
「ああ、分かったから、少し落ち着い――」
「早く、早く追いかけなきゃ」
 サナの声が一段と高くなる。
「彼女、病気なんでしょう? あんな風に走ったりして。もしものことがあったら。だから早く」
「分かった分かった。そう慌てな――」
「何をぐずぐずしているの、早く」
『テッド、見つけましたよ。ミッドデッキ、CブロックE1ドアの前に生体反応あり』
「と、いうことだ」
 船内スピーカーから流れてきたミクの声を受け、サナの両肩に手を置きながらテッドが言う。
「どこに行ったのか分からないまま、探し回っても時間の無駄だろう? じゃあ、ちょっくら捕まえに行ってくる。お前さんは予定通り、少し寝とけ」
「待って、わたしも」
 サナの呼びかけに答えることなく、テッドが走り去る。一呼吸の間を置き、サナも後に続く。

 
 
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  第二十二章(4)・2