蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十二章 命ある星の下で(4)  
             
 
 

 不自由な足でテッドを追いかけることには、無理があった。そもそも、フェルーラの元に辿りついても、自分がすることなどない。彼女の保護はテッドに任せておけば済む話だ。それでも、ここでじっとしているわけにはいかない。
 理由は、多分。
 懸命に杖を前に繰り出しながら、サナは思った。
 フェルーラが飛び出て行った時の、あの異常な感じ……。
 部屋を抜け、通路に出る。ミクの声が示した方向、左へ体の向きを変える。壁に体を擦り付けながら、ただひたすらに歩く。
 フェルーラがカプセルから離れたことは、自分が叫び声を上げる前に、テッドもミクも気付いていたのだろう。フェルーラに異変があれば、直ぐにその旨を彼らに通知する仕組みが、施されていたに違いない。だが、果たしてその仕組みは、彼女のあの雰囲気まで正確に伝えたのだろうか。目の当たりにした自分でさえ、表現に難しさを覚え、結局テッドに何も言えなかった。敢えて一言で述べるなら、おかしい――となるのだろうか。単に取り乱したとか、不安に怯えているとかという範囲を超え、錯乱に近い状態だった。しかも、
『テッド、急いでください。フェルーラが消えました』
『――ちょっと待って下さい。船外反応は……』
『いました。扉の直ぐ側』
『……確かに。すでに高度八千メートルまで上昇したアリエスに直接飛ばれていたら、面倒なことになったでしょうね』
『――分かりました。私も直ぐに合流します』
 聞こえてくるのは、船内スピーカーを使っているミクの声だけだった。その一方的な会話から、現況を把握する。
 どうやらフェルーラは、また例の力を使ってエターナル号の外に出てしまったらしい。だが幸いにも、遠くまで飛ぶことが出来ず、すでに発進したアリエスに乗り移ることはなかったようだ。体調の悪さが、彼女の力に制限をかけたのだろうか。このままもう、諦めてしまうのだろうか。儚げな弱々しい印象が影を潜め、凄みすら覚える激しい光を目の奥に宿していた、あのフェルーラが。
「……テッ……ド……?」
 荒い息の合間から小さく声を零しながら、サナは前を見据えた。
 E1と表記された扉は、すでに開いていた。これがエターナル号の中央、左右に一つずつあるA1、A2と呼ばれる開閉口であれば、赤く小さな四角形の出っ張りに手を宛がうだけで、扉前の床が勝手に下がり、地上まで運んでくれるのだが。非常用と位置づけられたこのE1扉は、先に続く階段を下りなければならない。何でもこの階段は、操作一つで段差が消え、なだらかな坂状になるそうだが。残念ながらサナはまだ、その操作方法を聞いていなかった。
 手すりにつかまり、階段を下りる。体の揺れに抗いながら、視線だけは前方に定める。階段の終着点から三歩ほど先、そこに蹲るフェルーラと、その彼女を抱くようにしてしゃがみ込む、テッドの後姿を見つめ続ける。
「ユーリ……ユーリ……」
 空を見上げながら、フェルーラが呟いた。乱れた心を表すかのように、伸ばした腕が小刻みに震えている。その先にあるアリエスは、もう掌ほどの大きさになっていた。高度が上がるにつれ、それがさらに小さくなる。どうやらこちらの状況は把握していないようだ。はっきりと進路を北北東にとり、遠ざかっていく。

 
 
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  第二十二章(4)・3