蒼き騎士の伝説 第六巻                  
 
  第二十二章 命ある星の下で(4)  
             
 
 

「ユーリ……ユーリ……」
「とにかく落ち着けって」
 フェルーラの背中を軽く摩りながら、テッドがなだめる。
「今、ユーリに回線を繋ぐから」
 懐から、テッドがパルコムを出す。ようやく階段を降りきったサナの背後で、ミクが駆けつけたことを示す足音が響く。その音が、妙に明瞭で大きなことに、サナが不思議さを覚える。
 なんだか急に、森が静かに……。
「――ユーリ!」
 フェルーラの絶叫が、サナの思考を中断した。鋭く激しいその声が、居合わせた者の鼓膜だけではなく、空気までをも強く打つ。反射的に、空を仰ぐ。一同の視線が、フェルーラと同調する。
 ちかりと、空が光った。小指の爪ほどまでに姿を小さくしたアリエスが、煌くように輝き、一瞬にして膨らむ。白煙と黒煙と真っ赤な炎が、瞬く間に空半分ほどを覆おう。
 ――ユーリ!
 続けざまに放たれたフェルーラの悲鳴も。テッドにミク、そしてサナが叫んだ声も。音となって空間に飛び出ることはなかった。
 起こった状況を理解せぬまま、驚きに心も体も縛られた状態がしばし続く。意識とは関係のないところで、目の縁が熱くなる。胸に、絞られるような痛みを覚え、全身が震える。ただ機械的に、汚れた空から視線を地上に移す。鼓膜を刺激するざらついた音。その音を発する黒い影を見つめる。
「あっけなかったな」 
 しゃがれた声が、淡々と響く。
「気配はもう感じられない。体と同じくその魂も、粉々に吹き飛んだか」
 肌と同じく蛇の鱗のようにひび割れた唇が、笑みを模る。
「お前達の仲間は」
「――ガーダ!」
 二つのレイナル・ガンが、同時に光を放った。ガーダの体に穴が開く。二つ、四つ、六つ。しかし、それ以上数が増えることはない。全霊の命じるまま、狂ったように銃を撃ち続けるテッドとミクを嘲笑うかのように、開いた穴が閉じていく。光の軌跡が歪められ、その身を掠めることすら出来なくなる。
「さて」
 闇色の衣がふわりと揺れ、ガーダが近付く。
「そろそろ返してもらおうか」
 ガーダの右腕がゆるりと上がり、フェルーラに向けて伸ばされた。もはや銃を構える気力も無くしたテッドとミク、そして未だに固く体を強張らせたままのサナをぐるりと見据え、にたりと笑う。
「――我らの、破壊神を」

 破壊……神?

 ほとんど麻痺した感覚の中で、三人はガーダの赤い舌を見つめた。疑問を自覚する間もなく、その赤が飛ぶ。視界から一切の色が消え、さらには音も失われる。ただ感じるのは、地響きにも似た振動。その振動が地上を、そしてそれを発した者自身をも、打ちのめす様を見る。
 力なく、フェルーラの体が崩れ落ちた。素早くそこに、闇が寄り添う。気を失ったエルフィンの少女を抱くガーダの背後に、荒野が広がる。強い風が、そこに何の命も残っていないことを確かめるように、吹き荒ぶ。
 ――この、荒野は。
 激しい寒さを覚え、ミクが自身の体を両腕で抱え込む。
 ――この、力は。
 一瞬にして炭となった森の木々が、漆黒の雪となり、大地に降り積もっているのを瞳に捉え、テッドが呻く。
 ガーダ……ではなく?
 強張った体を懸命に叱咤しながら、サナは前を見た。ガーダの腕の中で、銀糸の髪が柔らかくうねる。そこに向かって呟く。

「――フェルーラ?」

 少女を抱えたガーダが笑みを浮かべ、そして消えた。
 沈黙だけが残された空間で、呆然と立ち竦む。胸の中で、この世の終焉を深く自覚しながら、三人はいつまでも、ただじっとそこに居た。

 

第七巻に続く

まことに勝手ながら、一年間休載させて頂きます(詳しくは日記にて。。。)


 
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