何でも屋キャンディのお仕事ファイル                  
 
  第一章 それが始まり  
           
 
 

 

 わたしの名前はキャメロン・キャット。だが、本当の名ではない。
 キャンディ・アルナス・ディアロマ・ヨーク・フリュエリュ・ビアッチェ・カルドマラ・キャット。その他もろもろの猫族と同じく、生まれた村の名付け師によって、勝手に宛がわれたのがこれだ。無論、普段の生活で、この名を全部読み上げることはない。これまたその他もろもろと同じく、最初の名前と最後の名前だけをくっつけて呼ぶ。つまりは、キャンディ・キャット。それがわたしの本名だ。
 キャットはいい。異国の言葉で、我ら猫族そのものを意味するのだが、まあこれは許す。問題なのは、キャンディだ。同じくこれも異国の言葉で、やたら甘ったるい菓子を指す。そこまでなら、まだ我慢する。だが、この言葉は我がトロナの国に入ってから、別の意味を持つようになった。可愛いだの、愛らしいだのという言葉の代わりに使われるのだ。
 普通はそれゆえ、『女の子らしい、いい名前よねえ』などと煽てられ、その名を持つ者は軽く自惚れたりするのだが。わたしは違った。可愛い女も、愛らしい女も、わたしの望む姿ではない。ふわふわしたリボンとか、ひらひらしたドレスとか、水で薄めたような色味ばかりの服を着て、そんな世界で生きるなんて。
 想像しただけでも寒気がする。ぞっとする。アッタマに来る!
「あっ」
 キャンディは、そこで小さく声を上げた。半透明の水晶板が、ぴしりと軋む音を立て、ひび割れる。
「いかん。念が強過ぎたか」
 板に刻まれた光文字が、ひびに沿ってつらつらと流れる。そのままそこから零れ、床に落ち、ただの煌きとなって砕け散る。
 キャンディは使い物にならなくなった水晶板を、晴れた日の空と同じ色の瞳で、忌々しげに見た。そして、呟く。
「あの雑貨屋、このわたしに不良品を売りつけたな」
 ひびの入った水晶板を、ごみ輪に放り込む。十段重ねの分解魔法陣が施された木枠の中心を通り、さらさらの砂となって、それは受け皿に落ちた。
 犬の餌入れのような、みすぼらしい深皿を覗き込む。大分、ごみがたまっている。回収屋が次に来るのはあさってだが、この分だと今日中に溢れてしまいそうだ。
 それもこれも、この不良品のせいだ!
 胸の内で毒づきながら、キャンディは机の引出しをあさった。水晶板の束から、また一つを抜き出す。
 だが、もしもこの場に、その雑貨屋がいたのなら、
「可愛い綿菓子のようなお嬢ちゃん、そりゃないぜ」
 と、反論したであろう。もちろん、キャンディの性格が、その外見と正反対であることを知っていたなら、そのような死を招く言い方はしないであろうが。とにかく、不良品呼ばわりだけは、断固、抗議することは間違いない。
 キャンディが買ったのは、あくまでも事務的な記録用の廉価版だ。感情など、強い思念に耐えるようにはできていない。そういうのは、それなりに値が張るものを使わなければならない。手紙用、日記用、込められる思念に応じて、様々な種類の水晶板が、ちゃんと店には並んでいる。
 中でもとりわけ高価なのは、文字だけではなく、映像をも残せるものだ。絵画のように静止したものから、立体夢のような動きを持ったものまで保存が可能だ。残念ながら、そこまでの質を持つ水晶板となると、キャンディの住むカラトムのような小さな町では、滅多にお目にかかることはできない。が、多少の思念に耐え得る高級水晶板なら、金さえ出せば、いつでも手にすることができるのだ。
 キャンディは、大きく息を吸い込んだ。先ほどの失敗を踏まえて、気持ちを落ち着かせる。単純な記録。それだけに集中する。頭の中で、今までに交わされた会話を思い浮かべ、文字に変換し、水晶板に写す。板が淡く光り、金色の文字が連なる。
『あの、表の看板を見て』
『ああ?』
『何でも屋さんなんですよね、キャンディ・キャットさんは』
『わたしの名前はキャメロン・キャット……だ』
 キャンディは、じっと水晶板を睨んだ。どうやら今回は、無事耐えることができたらしい。おもむろに、顔を上げる。
 地階から、酒場、金貸し屋、宿屋と重ね、さらにもう一つ、別の宿屋を積み重ねた上の屋根裏部屋に、入ってきた男を見る。
 いや、男じゃないな。
 水晶板の上を走る文字が、そこで止まる。するすると来た道を戻り、消える。そして、新たな形を連ねる。
 少年だ。十三、四くらいの。
 キャンディは、真っ白な綿毛のような耳をぴんと立て、値踏みするようにその少年を見た。

 
 
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  第一章・1