何でも屋キャンディのお仕事ファイル                  
 
  第二章 嘘と真  
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 日はもう、真上を過ぎていた。
 夜明けと共にトボ村を出発したキャンディ達は、予定通り午前中には、サントマルツ山のふもとにある街に着いた。
 だが、その目抜き通りを抜けるのに、恐ろしいほどの時間がかかっている。
「らっしゃい、らっしゃい。お土産にどうだい? これ見てってよ、これ」
「そこのお兄ちゃん、可愛い彼女に、ほら、これ」
「サントマルツまんじゅうはいかが? せんべいもあるよ。美味しいよ」
 という手合いに加え、
「お客さん、セッパに乗っていかんかね。五合目までなら一〇〇トーマ。八合目までなら一五〇トーマだよ」
「お宿が決まってない方はおらんかね。さっさと決めないと、満室になっちまうよ。早いもん勝ちだよ」
 という手合いが入り乱れ、
「兄ちゃん、これ買ってよ。サントマルツで採れた石だよ」
「姉ちゃん、これ買ってよ。サントマルツに咲く花だよ」
 と、ぞろぞろ幼い弟や妹を引き連れた子供が、行く手を遮る。
 カイはいい。そんな輩は一睨みし、肩切る風で弾き飛ばす。キャンディも同じだ。少々子供に弱い傾向はあるが、この手の者の強かさ、切りのなさは分かっている。翠緑色の外套をつかんで放さない小さな手を、軽く気合いを入れて振りほどく。だが、ニコルには、それができない。
 声をかけられるたび、ふらふら、おろおろ、時にうるうるしだすので、一向に進まない。そして今も、青年というよりは少年に近い、吊りズボン姿の若い男につかまっている。
「旦那、一つ忠告しておくよ。案内選びは慎重に。もぐりが多いんだよ。もぐりが」
「もぐり?」
 金と青の瞳を不思議そうに丸くして、顔を覗き込むニコルに男は答えた。
「ああ、そうさ」
 つばのついた帽子を、くるっと後ろに向ける。その縁から、瞳の色より少し薄い、黄茶色の短い巻き毛が覗く。
「特にふもとの辺りは、そういう奴ばかりだからな。そんなのにつかまると、ろくな説明もなく、大事なところを全部見逃して、金だけ倍以上取られる破目になるんだよ。ほら、これ」
 男は煤けた服の左襟を自分でつかみ、くいっと引っ張った。指先が示す襟元に、小さな金色の丸い徽章がある。
「この徽章は、サントマルツ観光連盟協会発行の、観光案内認定証だ。厳しい試験を受け、サントマルツ山に精通した者だけに、これが与えられる。案内を選ぶ時は、必ずこの徽章を確かめることだな」
「つまり君は、その厳しい試験を突破したんだよね。あの山のことなら、何でも知ってるんだよね」
「そうさ」
 低めの鼻を、つんと突き上げながら男は言った。
「試しに何か聞いてみな。何でもすぐに、答えてやるから」
「じゃあ……」
 黒と銀の縞模様のしっぽをふわりと揺らし、ニコルが尋ねた。
「サントマルツ山は、本当に伝説のエトール山なの?」
「…………へっ?」
「僕達、エトール山を探して旅し――くわっ」
「ああ、悪いな兄ちゃん」
 ぐいっと背後からニコルを羽交い締めにしながら、カイが言った。
「ちょいとこいつは、頭のねじが揺るんでいてな。まあ、気にせず案内してくれや。で、いくらになる?」
「丸一日かけて回る場合は一〇〇〇トーマ。半日なら六〇〇トーマ。ちなみに、まけてくれってのは無しだ。協会で決められている値段だからな。それと、必ず前金で頂くことになっている」
「ふん。結構がっつくねえ……で」
 そっとカイが男の帽子に顔を寄せる。変わった帽子だ。普通は耳穴が付いているものだが、それがない。止むなく、帽子の上から耳打ちする。
「ものは相談なんだが……その倍払うから、のんびり三日ほどかけて回ってくれねえかな。サントマルツ山は、もしかしたらエトール山かもしれないってことでさ」
「……はっ?」
「だからあ」
「あの、聞こえないんだけど」
「だったら、帽子取りゃいいだろう」
 言葉より早く、カイは男の帽子をひょいっと手に引っ掛けた。男の耳が、ぴょんと出る――はずであった。が……。
「なんだお前、垂れ耳か?」
 猫族であれば、それがどれほど彼にとって屈辱的な言葉であるか、誰もが知っている。ぴんと耳が立っていれば立っているほど、高貴な血を持つといわれるその陰で、彼のように、へちゃっと折れた耳をした者は、虐げられた過去を持つ。その昔、奴隷として皆に蔑まれた、ダラント族の特徴なのだ。
 が、元を正せば事の順番は反対で、折れた耳がいかにも従順そうに見えたこと、加えて小数民族であったことが災いし、彼らは迫害されたのだ。もちろん今では、少なくともトロナの国では、そのような謂われなき差別は禁止されている。よって彼らの暗い歴史の元となった耳について、不用意な発言をすることも、当然許されざる行為とされていた。
 つまり、垂れ耳とか、折れ耳とか、お辞儀耳とか、そういうことを言ってはならないのである。
「……なっ!」
 男の顔が見る見る紅潮し、黄茶色のしっぽがぴんと立つ。激しい怒りがその口から溢れようとした瞬間、彼の対象物が吹っ飛んだ。
「すまぬな、青年」
 軽く魔法をかけて、鋼鉄と化した拳の一撃を、カイの左頬に見舞わせたキャンディが言った。
「足りなければ、もう二、三発、くれてやってもいいが」
「……い、いや」
 男は、道にひっくり返っているカイを、ちらりと見やりながら言った。
 自分の動体視力が確かなら、血飛沫と共に、白いものが二欠片ほど、飛び散った。もう二、三発加えたら、歯どころか、顎を砕きかねない。さすがにそれは気の毒な気がして、男は首を振った。

 
 
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  第二章・1