何でも屋キャンディのお仕事ファイル | ||||||||||
第七章 光の果て | ||||||||||
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ぽたりと頬に、冷たい感触が落ちる。その刺激に、キャンディは目を開けた。
澄み渡る空が、眩しい。だが、それがひどく遠い。
なんでこんなに、遠いのだ?
寝そべったまま、ゆるゆると両手を上げたところで、キャンディは現実に立ち戻った。
飛び起きる。右腕に走った痛みに、うっと小さく声を上げる。どうやら少し、捻ったらしい。だが、そんなことより……。
キャンディは、自分の手を目の前に翳した。ぷよぷよとした透明な、水の塊のような欠片が貼りついている。見渡せばそこここに、同様の残骸が散乱している。
つまりはこのお蔭で、こうして息を吸い、立ち上がることができるというわけか。
「やはり凄いな、聖都の魔法師は」
軽い呻き声を上げながらも、次々と体を起こす仲間を見やりながら、キャンディは呟いた。
「みんな、大丈夫みたいやな」
のんびりとしたその声に、体のあちこちにへばりついたぷよぷよと格闘しながら、カイが突っかかる。
「なんだよ、このぷよぷよした気色の悪いものは。もうちょっと他に、いい魔法はなかったのか?」
「そない言われても……こっちもこれが、やっと……」
「ルウ!」
キャンディの声と顔の色が変わる。その変化に、カイはようやくぷよぷよから視線を外し、魔法師を見た。
いつもどこか涼しげなルウの額に、薄っすらと汗が滲んでいる。目の下には、疲労の色が濃く浮き出ていて、息も荒い。立ってはいるものの、杖にもたれかかるような格好で、小さな肩が大きく揺れている。
キャンディが駆け寄り、その体を支える。
「大丈夫か? ルウ」
その声に、ルウは小さく頷いた。軽く頭を掻きながら、カイが近付く。
「悪かった。あのぷよぷよが、そんな凄い魔法だとは知らなかったんだ。というか」
キャンディの横に並んで止まる。
「ありがとうよ。助かったぜ」
「あ、あの……ありがとう」
カイとキャンディの間から、顔だけを覗かせニコルが言った。心配そうな青と金の瞳に、ルウが一応の微笑を見せる。
「ちょっと気を使い過ぎただけやから、大丈夫や。そないに大した魔法ではなかったんやけど、ただ、この場所は、どうも相性が悪いみたいで」
「相性?」
小首を傾げたニコルの目が、なお一層、心配そうに揺らぐ。少し困ったようにルウは眉を寄せると、今度は一変して、はっきりと笑顔を作った。
「そんなことより」
すっと杖で、左方を指す。
「あんたの落し物、見つけたで。ほら、あそこ」
「あっ!」
叫ぶと同時に、ニコルが駆け出す。全員が転ばぬかと見守る中、無事、一度も転がることなく辿りつく。
青く揺らめく玉を、両手で丁寧に掬い上げ、飛びっきりの笑顔をこちらに向けたニコルに、ルウが穏やかな声を出した。
「良かったなあ」
「まあ、良かったは良かったんだが」
ニコルにつられ、自然と溢れた笑みを押さえつけるように顔を撫でながら、カイが呟いた。
「どうやって、ここから出るんだ?」
「うむ」
低い声でそう唸り、キャンディは改めて辺りを見渡した。
見たことのない光景が広がっている。少し灰色がかった白い岩山。木々はない。当たり前だ。湖の底にあったのだ。引いたばかりの水の跡が、まだその表面をそろりと流れている。
一方、水底であった地は、まるでオトマンド砂漠のような大量の砂で覆われていた。岩山よりさらに白い色の砂で、しっかりと指を閉じて握っても、わずかな隙間からさらさらと零れてしまうくらい、細かい。不思議なことに、湿り気はほとんどない。砂の一粒一粒が、殻に覆われているかのように硬く、水の侵入を撥ね退けているのだ。見渡す範囲で緑はなく、動くものの姿もない。お蔭で、眩しいくらいの砂の白さが、どこか寒々と感じる。
しかし、この異様な世界の最もたるものは、その周囲にあった。ぐるりと囲むように聳える、巨大な水の壁。湖の断面。例えばそれが、滝のように流れているものであれば、これほどの違和感は感じないかもしれない。だが、その壁には流れがなかった。湖の表面に立つような、さざなみもない。壁は一様な姿のまま動かない。かと言って、石や煉瓦のように、硬質な質感を見せているわけではない。氷のように、固まっているわけでもないのだ。
明らかに、それは水であった。滑らかに、しなやかに、自在に形を変える液体。その水が、微動だにせず、天に向かってそそり立っている。いつ何時、元の姿に戻ってもおかしくないほど、たまらなく不安定な状態でそこに立っている。