何でも屋キャンディのお仕事ファイル                  
 
  第七章 光の果て  
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 不思議な洞窟だった。
 日の射さぬ岩山の中は、当然真っ暗であろうと予想していたが、壁が仄かに青みを帯びて輝いていたので、歩くに不自由はなかった。しかも、自然のものというよりは、誰かが意図的に掘ったかのように、道ができている。横穴もなく、ほとんど蛇行することもなく、突き進む。そして、抜ける。
「わあ……」
 誰かが、そう声を漏らした。誰もが、同じ感情を持った。
 道の先にあった、巨大な空洞。薄く煌く壁に囲まれたその空間は、陽炎のように揺らめいていた。光には、青の粒子が微妙に含まれているため、まるで波に包まれているかのように感じる。中心には、純白の柱。幻想的な青の中に、別の神秘が聳え立つ。
 淡い青色の光しかない空間で、その白さと輝きを示すためには、当然、自らが発光していなければならない。だが、その割には、強い刺激を覚えない。あくまでも穏やかに、全ては内に向かって輝いている。ここにいる皆で手をつないでも、その半分も囲むことのできない太さ。高さに至っては、全員を積み上げて、それに十を掛けるほどあるにも関わらず、圧する印象を見る者に与えないのは、この優しい光のお蔭だ。
 輝きが、体の中に染み渡るのを自覚する。心まで、洗われていくのを感じる。
 澄んだ空色の瞳にその光を映しながら、キャンディは長い感嘆の息を漏らした。
 その横で、カイが呟く。
「本当に……あったんだな」
「……ああ」
 キャンディはそう答え、カイの横顔を見た。口元を、きつく結ぶ。
 蒼ざめて見えるのは、この洞窟の壁色のせいか。それとも……。
「さて、ニコル。後はどないしたらええんや?」
 ブルー・スターを握り締め、丸く口を開けたまま、純白の柱を見上げるニコルにルウが尋ねた。ニコルが振り返る。
「後はこれを」
 手に持ったブルー・スターを見つめる。
「あの上に」
 白い柱をまた見上げる。
「やっぱりそうか。最後の難関やな」
 ルウはそう言うと、杖を右手から左手に持ち替えた。軽く、その手に力を込める。が、すぐに首を横に振る。
「あかん。まだ駄目や。地道に登って行くしか、しゃあないな」
「登るったって」
 カイが話に加わる。
「ニコルには無理だろ。俺か、キャンディか。それでもこいつを登るのは」
 改めて、柱を見る。表面に、若干の荒さはある。だが、足場として十分かと問われれば、首を傾げざるを得ない。となると方法としては、短剣を突き立て、それを足がかりにするしかないが。
 カイは、純白の柱に近付いた。触れる。続いて軽く叩く。さらに懐から短剣を取り出し、その先を柱に打ち付ける。
「おい、カイ」
 咎めるようなキャンディの声に、カイは肩を竦めた。
「残念ながら、これぐらいではびくともしないようだぜ。この柱は」
 そう言って、カイはキャンディの目の前に短剣を翳した。
「参ったな」
 無残にこぼれた刃を見て、キャンディの口元が苦々しく歪む。
「これでは爪が、ぼろぼろになる」
「ってことは、お前が行く気か?」
「気持ちはあるがな。だが、わたしではブルー・スターを持つことはできない。やはりここは、ルウの魔力が回復するのを待つしかないな」
「結局、そこか」
 ぐるりと首を回し、カイが唸った。
「仕方ねえ。十日間、食いもんなしで、ここに居座るか」
「それまで……待てない」
 小さな声で、ニコルが言った。
「マルの月に変わるのは、今夜だ。約束の日は、もう」
「心配するな」
 キャンディが笑う。
「期間延長してやる。ここまで来ておいて、ブルー・スターを取り上げたりはしない。カイにも文句は言わせない」
「おい、俺は別に、何も言ってねえだろうが」
「そうじゃないんです」
 ニコルの声が、悲痛に濡れる。
「約束の日は、もう一つあって」
「もう一つ?」
「お願いです。ブルー・スターを、この柱の上に置いてきて下さい。今、すぐに」
 切実な色を湛えるニコルの目に、キャンディは表情を改めた。
「だが、ニコル。その石は――」
「持ち主を変えればいいんです」
「持ち主を……変える?」
「はい」
 ニコルはこくんと頷くと、ブルー・スターを両の掌に載せ、キャンディに向かって差し出すように掲げた。
「持ち主である僕が、この石に命じればいいんです。我の手を離れ、新たなる所有者の元で輝けと。そうすれば、石は新しい持ち主のために働きます。その命を、守ります」
「つまり……」
 キャンディは、ごくりと小さく喉を鳴らして、唾を呑み込んだ。
「わたしに、その石の持ち主になれと?」
「はい。キャンディさん、もしくは、カイさん」
 ぴくりと、キャンディの真っ白な耳が動く。その横で、カイが驚く。
「えっ、俺?」
「はい。お二方以外、この柱を登るのは無理です。だから」
「分かった」
 キャンディは頷いた。
「そういうことなら、わたしが――」
 言いかけて、止まる。空色の瞳に、一瞬翳りが過る。少し迷い、やがてそれを振り切るように首を横に振ると、再びニコルを見据えた。
「そういうことなら、このカイに任せよう」
「……えっ! お、俺?」
 ニコルに言われた時以上に、カイは大きく疑問の声を発した。
「どういう風の吹きまわしだ? 俺に任せるなんて」
 言いながら、自嘲めいた笑みを口元に浮かべる。キャンディの唇が、少し寂しげに歪む。しかし、そこから紡ぎ出された声は、丸く、安らかな音だった。

 
 
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