エレノア(ロイ&モイラ・シリーズ2)                  
 
  第二章 ファーガソン邸  
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 その館は、コンドール地区の東寄り、大通りから一本入った静かな一画にひっそりと建っていた。趣きのある佇まい。モイラなら、どこの星の、いつの時代の、何という建築様式か即座に分かるかもしれないが。ロイにはその分野の知識はなかった。ただ、記憶を紐解くと、資料で見たに過ぎないが、自分の母星にもこのような建物があった。スコットランドのエディンバラ周辺で見られる貴族の館。あれがちょうど、こんな感じだ。かなり古びた様相も、それらしい雰囲気を醸し出している。大分間隔を置いて並ぶ周囲の建物も、みな同じような風体をしている。
 ただ、この周りに関しては、いずれも妙な居心地の悪さがある。妙な明るさとでも言うべきか。
 いや、妙な薄っぺらさだな。
 ロイは、軽く苦味の混じった息を吐いた。
 こういう古家を好む傾向は、ホーネル星のような移民ばかりで構成された地に強いと聞く。家に限らず、古いものに対する憧れがあるようだ。所詮、ないものねだりだと、ロイは思う。歴史の浅さは、若さだ。たぎる活力がそこにある。力強く前進し、次々と新しいものを生み出す力を持っている。時に不安定で、時に浅はかなこともあるかもしれない。だが、その未熟な内面に相応しい青臭い外観が、本来自然なのだと思う。外側だけ、貫禄を取り繕う必要はない。
 しかも、人工的に作られた表皮は、永遠にそのままだ。人に喩えると、その不気味さがよく分かる。刻まれた皺の一本一本。それが何年、何十年たとうと、変化することがない。時が流れ、やがてその表面の年を追い越しても、やはりそれは変らない。その中で腐り、朽ちていったとしても。
 人も家も、自然の流れに従って老いていく。そんな当たり前のことが、この家々にはないのだ。
 しかし、ファーガソン邸は違っていた。張りぼてではない、本物の品格と風格。とはいえ、この建物が、ホーネル星の歴史をも超える、古さを持っているはずはない。周りの邸宅と同じく、やはり模造品である。ただ、その真似の仕方が本物なのだ。
 構成する材料の一つ一つに嘘がない。表面だけを加工したり、新しいものを薬品や何やらで、わざとくたびれさせたり、そういうことをしていない。どれもこれも実際に、かなりの年月をかけ、風雨にさらされた跡がある。おそらくは老巧化し、取り壊される運命にあったものをここに移し、丁寧に昔ながらの手法で修復したのであろう。そして、少なくともこの地で、百年以上は過ごしてきた。周囲の庭と、館との溶け込み具合を見る限り、そう思う。
 物でありながら、命の息吹を感じる。
 ロイは、どこか懐かしさを覚える館を見据えながら、さりげなく手入れされた庭を進んだ。重厚な扉の前に立つ。中央につけられた青銅のドアノック以外に、その役を担うようなものは見受けられない。庭もそうだったが、監視カメラや警報機といった類も付けられていない。もちろんこれらは、一見してそれと分からぬような形で設置されるのが常だが。職業がら、その辺りの目利きはある。
 どうやらここの住人は、館に合わせ、その暮らしまで年代もののようだ。安易に楽を取らず、不便を承知で質素な生活を送っているらしい。その姿勢は、賞賛に値するが、現在の状況を考えると、これは好ましくない。
 防犯は、本来外部からの侵入を防ぐ意味を持つものであるが、同時に内部の人間に対しても有効となる。ごく一般的に普及しているレベルのセキュリティーシステムでも、全室二十四時間のモニターはもちろん、あらゆる出入り口の施錠、開閉状態をチェックする仕組みとなっている。データとしては一週間の保存ができ、緊急時には自動的に警察、救急への通報も為される。特に犯罪の予感があるわけではない、ごくありふれた平穏な家庭でさえ、万が一を考え、これくらいの備えをするのが当たり前だ。なのに、それすらもないとなると……。
 ロイはドアノックをつかみ、二回、扉を叩いた。鈍く重い音が、その扉の分厚さを証明する。お蔭で、中の気配が全く感じ取れない。しばらく待つが、扉は沈黙したままだ。
 痺れを切らし、もう一度ドアノックに手を伸ばしたところで、ロイは動きを止めた。ガシャリと金具の音がする。年代ものの扉につけられた、旧式の鍵の音だ。ぎしぎしと微かな悲鳴を上げながら、扉が半分ほどだけ開く。
「どちら様で」
 銀色の髪をきっちりと撫で付けた、初老の紳士。この年代の平均的な体格と比べると、幾分、細い。鷲鼻なので、その分少し厳しく見えるが、顔全体の印象は品がある。しかし、表情は、極めて無だ。
 レイモンド・オドウェル。年齢五十四歳。ダッフル星、カロンバス地方出身。執事として、祖父の代よりファーガソン家に務める。
 ここに来る直前に目を通した使用人に関する資料と、銀髪の紳士とを頭の中で照らし合わせ、ロイは言った。
「先ほど連絡を致しました、ダン・ヴァルフです。サッカス夫人の紹介で参りました」
「ああ、運転手の」
 レイモンドはほとんど口を動かすことなく、そう言った。だが、視線の動きは速かった。ロイの頭からつま先まで、残らず確かめる。その上で、扉が大きく開かれる。
「とにかく、お入り下さい。お話は、中で伺わせて頂きます」
 丁寧な物言いが、ロイをまだ客人として扱っていることを示している。気持ちの読めないボーカーフェイスに、早くも苦手意識を感じたロイだったが、ここで彼に気に入られ、雇ってもらわなければどうしようもない。
 ロイは意識的に、ただし、度が過ぎない範囲の笑顔をその顔に施すと、屋敷の中に踏み入った。
 マホガニーと大理石の取り合わせで作られたホール。その落ちついた色調と暗めの照明が、空間を豊かに美しく見せている。正面、右には、優美な螺旋を描く階段。繊細な細工が施された、見事な手すりを仰ぎ見るロイの背後で、扉がぎしりと閉められた。

 

 
 
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  第二章・1