「こちら登録ナンバー、821−496−AF−502C、フェニックス。サイパーエアポートへの着陸許可をお願いします」
モイラの張りのある声が、彼女の愛車フェニックス――ホーネル星ではスタンダードなサイズと値段の、水陸空兼用の小型車――その中で響いた。
「こちらサイパーエアポート管制室。登録ナンバー、確認しました。フェニックス、誘導モードに切り替えて下さい」
「了解」
モイラはそう言うと、素早くスイッチを操作した。
はるか下方にはすでに巨大なエアポートがその姿を見せていた。そのすぐ上空にはフェニックスのような小型車だけでなく、星間移動のための宇宙船も、小型、大型問わず入り乱れており、宇宙一の腕を持つパイロットをもってしても、手動で無事に着陸することは不可能であろう。
だが、最高の能力を持つ最新のコンピューターでの完全誘導システムを、過信するのも問題だ。どんなに優れたものでも、所詮は人が作り出したものだ。そしてそれを使うのも人間だ。そうである以上、百パーセントのものなど存在しない。事実、エアポート空域内では、少なからずの接触事故が起きている。
「リリア、ベルト大丈夫?」
モイラはそう言いながら、助手席に座っているリリアのシートベルトが、しっかりと固定されているのを確認した。そして、自らもシートベルトを締める。
「こちらフェニックス、誘導モードへの切り替え終了。誘導を開始して下さい」
「了解。I−34Q滑走路に誘導します」
数秒後、フェニックスはゆっくりと高度を落し始めた。
最初は一定の速度でゆるやかに降下していたが、車や船が密集した空域にさしかかると、急にスピードを落したり速めたり、細かく方向を変えたりと、慣れているモイラですら気分が悪くなるような動きを繰り返した。
「リリア……」
モイラは傍らのリリアに何か声をかけようとしたが、その姿を見て思わず口を噤んでしまった。
椅子に固定されたリリアの体は、フェニックスの動きに呼応して大きく揺れ動いていた。激しい振動に合わせて、腕や足が跳ね上がる。時には額を膝にぶつけてしまうのではないかと思うほど、頭が揺れる。
だが、その顔は……。
無表情なのである。ほんのわずかな動きも、彼女の顔には見られない。そのさまはどう見ても命あるものには見えない。とても精巧な、芸術的なセンスすら感じられる、造形物……。
「さっきのは幻……なんてことは、ないわよね」
モイラは少し前の出来事を思い出しながら呟いた。
今から数時間前、正確には三時間二十四分前、モイラはアンソニー探偵事務所の資料室で、自分のコンピューターのディスプレイを見つめていた。そこにはベルネットを通して、ロイとホイットニー氏との会話が全て文字となって映し出されていた。無論、会話を音声の状態で聞くことも可能だが、そばにいるリリアのことを考えて、モイラは音声をOFFにしていた。
ディスプレイの中でホイットニー氏の言葉が連なる。
「エレノア・ベイツ。彼女は本が大好きでした。だから彼女は毎日一冊ずつ本を読みました――さあ、その次よ」
モイラは無意識の内にそう呟いた。
しかし、ディスプレイはしばらくの間、何も映さなかった。そしてようやく映し出された文字は、モイラを深く失望させるものだった。
モイラは大きく息を吐くと、両肘をデスクに乗せ、両手で頭を抱えた。
その時だった。
モイラの鼓膜が、心地よい振動を感じたのは――。