スターダスト                  
 
  第一章 回想  
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 頭上を掠めるような気がして、僕は首を竦めた。歓声が沸き上がる。五機の戦闘機は寸分違わず、同じ間隔を保ちながら空を滑る。轟音と共に天に向かって突き上げる姿を、今度は身を乗り出して見つめる。ひらりと機体が翻る。黒っぽく見えていた戦闘機の、この銀色に輝く瞬間が、僕は大好きだ。
「こら、マーク。痛いよ」
 しゃがれた声でそう言ったのは、おじいちゃんだ。興奮して、思わずおじいちゃんの薄い髪を引っ張ったらしい。僕は心の中で、ごめんと呟いた。ちゃんと謝らなかったのは、ネッドのように、本当は父さんの肩車が良かったからだ。でも父さんは今、宇宙で本物の戦闘機に乗っている。こんな星の周りを這うようにしか飛べない、見世物用とは違う、本当の戦闘機。
「わあ!」
 歓声が高くなる。頂点に達した五機が、急降下を始める。
 父さんがだめなら、母さんでも良かった。ナターシャのように。でも、母さんはこういうのが嫌いだ。戦闘機は見たくないと言う。それを見ると、父さんのことを思い出して、心配でたまらなくなるからって。
「おおぉぉ!」
 一際大きな声が上がる。戦闘機が地面すれすれで機首を起こし、すぐ目の前を低空飛行したのだ。もの凄い音。そしてもの凄い速さ。一気に駆け抜け、また高く上っていく。戦闘機と地面の間に見えない何かがあって、それがぐいぐいと押し上げているように思える。大きく空中で旋回し、隊形を変える。滑空しながら徐々に間隔を開けていく。五色に色分けされた飛行機雲が、空に孔雀の羽を作る。
 と、不意に一機が妙な動きをした。左から二番目。折れる角度が必要以上に大きい。そして、誰もがその瞬間予想した通りのことが起きた。吸い寄せられるようにその戦闘機は、一番左の戦闘機に寄り添った。接触する。ちかっと光が散る。ボンとかゴンとか、そんな大きな音がする。二機の戦闘機は、二匹の蝶のように、空をひらりと横に舞い飛んだ。白い煙が黒くなる。赤とオレンジの炎が吹き上がる。そのまま落ちる。地鳴りのような音がして、熱い風が吹いた。
 最初の悲鳴が、この時上がった。その後のことは、あまり覚えていない。こりゃ大変だ、大変だと、おじいちゃんが何度も繰り返したこと。ネッドが肩車をされたまま、わんわん泣いていたこと。ナターシャが、母親と同じ動きで十字を切ったこと。そして僕は、僕は――。
 僕は何だかとても興奮していた。わくわくしていた。ちょうど夜空に流れ星を見つけた時のような、そんな気持ち。強く輝き、空を駆け抜ける星。僕にとって、それは父さんだった。そう、その時は、あの流れ落ちる星が、父さんの戦闘機だと信じていた。
「母さん、母さん。きょうね、すごかったんだよ。せんとうきがね」
 こんな話、母さんは聞きたくないだろうから、絶対に言わないでおこうと何度も誓ったのに。家の扉を開けた瞬間、僕は綺麗さっぱり忘れてしまった。
「母さん、どこ? せんとうきがね、ボンと――」
 両手を大きく広げ、リビングに飛び込んだ僕は、そのままの姿勢で立ち竦んだ。母さんはそこにいた。グリーンとイエローのパッチワークのカバーがかかっているソファに座っていた。カバーは母さんの手作りだ。他にも、家には母さんの作ったものがいっぱい飾られている。母さんはとても器用で、料理も上手だ。その母さんが、ソファに腰掛け泣いていた。大粒の涙が、カバーの上にぽたぽた落ちる。縁にかかった涙が模様を潤ませながら、床を目指してするすると落ちる。何だかカバーまで泣いているように見える。僕はゆっくりと近付いて、服の袖でカバーの涙を擦った。
「……マーク」
 母さんが僕に気付いた。強く僕を抱き締める。
「……マーク……父さんが……」
 そう言うとまた僕をぎゅっと抱きしめ、大きな声をあげて母さんは泣いた。僕は首を少し捻り、テーブルの上にあった手紙を横目で見た。書き取りも、読み方も、僕は得意だ。それが父さんの戦死を知らせる手紙だということは、すぐに分かった。
 僕の頭の中で、流れ星が一つ、美しい弧を描く。が、すぐにとてもいけないことをしたような気がして、それを打ち消す。全ての星を塗りつぶし、真っ黒な空間となった頭の中。だけど、ちょっとでも気を抜くと、きらっと銀色に光るものが今にも飛び出してきそうで、不安になる。
 どきどきしながら、母さんの胸に顔をうずめる。母さんはそんな僕を、そんな僕なのに、優しく髪を撫でながら、しっかりと抱き締めてくれた。

 

 
 
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  第一章・1