スターダスト | ||||||||||
第五章 スターダスト | ||||||||||
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タウ・セチ恒星系、第四惑星デルドーマ。そこに彼らの基地があった。いや、もっと正確に言おう。そこに、デルドーマ星人を名乗る、地球人の基地があったのだ。
全てを話してくれたのは、年相応に肉の付いた、ヨウコ・ギャランという中年の女性だった。どこかで会ったことがあるような、そんな雰囲気の人。語り口が、とても柔らかい。ウィンクしながら、いつも余分に入れてくれたポップコーン屋のおばさんや、学校を休みがちな自分を、何かと気遣ってくれたセド先生の姿と重なる。
良かったと、マークは思った。彼女から真実が聞けて。もしこれを、死んだはずの父親から知らされたなら。いまだにその存在が受け入れられず、まともに話すこともできない父親から聞かされたなら。自分はただ、パニック状態に陥っただろう。そしてそのまま、心の虚空に囚われたまま、現実に立ち戻ることができなかったかもしれない。驚愕も、憤怒も、失望も、嘆きも。彼女はマークの心を丸ごと受け止めた。その道のプロとして。マークのように、真実に迫り過ぎた者を、人の業を知り過ぎた者を救う専門家として。
突き付けられた現実は、マークの予想を裏切らないものだった。すなわち、ごっこ遊びをしていると。元は、わずか八名の、平和運動を目的とした若者達による悪戯から始まった。例の、最初のアタック。打ち捨てられた宇宙基地の破壊映像。そのでっちあげから、全ては始まった。
真っ先に飛びついたのは、ある軍事関連企業だった。さらに、とある国の政府機関がこれに加わる。何という企業か、何という国なのか。そんなことを今さら知る必要はない。それより重要なのは、彼らがそれを偽物だと認識した時、何を選択したかである。そしてそこに、いかなる理由があったかである。
慢性的な争いによって、社会的にも、経済的にも、地球は退化しつつあった。敵も味方も、未来に向かって滅びるしかない状態だった。そこへ、新たな敵、地球外の敵という存在が現れ、人々に大きな活力を与えた。それは事実だ。間違いない。だが、だからといって、それに縋るのはどうだろう。嘘だと分かっても、それに頼り続けるのは、あまりにも空しくはないのか。人類は、そんな偽りの幻影を見せられない限り、心を一つにできない生き物なのか。
それでもまだ、こんな理由からこの道を選んだのなら、救いがある。だが、実際はそうではない。企業はますますの利益拡大のため、政府は地球に置いてさらなる地位を築くため。共に、自己の利益の追求のみを考え、嘘を徹底的に隠し通した。偽りを真実だと押し通した。
その結果の平和なのだ、今の地球は。そんな平和の何が嬉しい、何が尊い。
でも……。
もし、人の罪がそれだけなら、自分は怒りをもってそれに対峙できたであろう。だが、罪はもっと根深かった。
穏やかな時が、ぬるま湯につかるような怠惰な気持ちを、人々に植え付ける。人のその目を曇らせる。初期段階で、首謀者達が、いち早く各国の情報機関を押さえ、統制したのも確かに功を奏した。が、今の今まで、二百年近く、真実が伏せられ続けたのは、人々の見えない目、見ようとしない目のせいではないのか。
幸福な人々。おめでたい人々。一握りの人間の思惑の下で、ただのうのうと、生を貪る……。
マークは操縦桿を握り締めた。デルドーマ星人用の戦闘機は、慣れ親しんだものより、かなり大きい。が、中身は一緒だ。基地内に飾られていた、デルドーマ星人の戦闘機とは違って。
思えば、あの戦闘機は見事だった。いくら人の目が節穴だとしても、そうそう騙せるものではない。全く異星の産物であるかのように思わせるのは、大変なことだ。デルドーマ星人の遺体にしても、同様だ。確かに、地球防衛軍のトップにあたる者達は、真実を知っている。ごっこ遊びをするには、互いにルールが分かっていなければならない。しかし、配下のものは、それを知らない。かつて自分がそうであったように、無知なるものばかりだ。中には科学、医学の分野に長けた者もいたであろう。その確かな目をかいくぐったのだ、あの作品群は。
これぞ人の力、技術の力。それが善に基づくものであれ、悪に基づくものであれ、力は等しく発揮される……。
発進する。全身に快感が走る。涙が出そうになる。いや、出る。
ここまで来るのに三年かかった。真実を受け止め、飲み干し、噛み砕いて理解するまで二年。ヨウコの力を借りながら、自らに、これからの生きる道を納得させるのに一年。でも、一番大きな力となったのは、単純な欲求だった。乗りたい。空を飛びたい。宇宙を駆けたい。大義はどうでもいい。
結局僕は、同じ次元にいるのだ。自己の利益のために、ごっこ遊びをする奴らと。そのことも知らず、今の幸福にしがみつく奴らと。
ただ、己の欲望を満たすことだけが、行動の全て……。