短編集1 | ||||||||||
選ばれし者 | ||||||||||
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「これで決着をつけないか?」
トマスはデューイに笑顔で言った。
「決着?」
テーブルの上に差し出されたものに視線を落とした途端、それまでデューイを幸福に至らしめていた心地よい酔いが、一瞬にして掻き消えた。
「アステア・ガン――かの宇宙連邦部隊でも使用されている、小型銃の中で最も高性能なガンだ。その破壊力はABー2。脆弱極まる人間の体なんぞ、かすっただけでミクロの単位に浄化してしまう。――ああ、待って」
そこでトマスは軽くデューイを制するように右手を上げた。
「君の言いたいことは見当がつく。浄化という言葉が気に入らないのだろう? でも僕は気に入っている。それに今は、この銃の説明をしているところなのだから、反論は後にしてくれ」
トマスはその整った顔に優しい笑みを湛えたまま、話し続けた。
「とにかく破壊力は、今言ったとおりだ。でも何より素晴らしいのは、この自動照準機の性能だ。対生命用のね。こいつはまず、相手の呼吸反応を感知し対象をロックする。そして次に、いや、ほぼ同時に、その生命体の次なる行動をもキャッチする。体のほんのわずかな熱量分布の違いを察知し、筋肉の動きを割り出して、行動を的確に予知するのだ。いかに優れた運動能力を持つ人間でも、こいつからは逃れられない。たとえ、撃ち手がズブの素人でも。まあ、もっともこんな説明は、君には無用だったろうけどね。これは君の、分野だもの」
そうだ、そんなことは言われなくたって分かっている――デューイは心の中で答えた。
仮にも俺は、その宇宙連邦部隊の幹部候補生だ。しかも、今年度の試験ではすでに第三次までパスして、残すは明日の心理適応テストだけだ。もっともこの最後のテストは形式的なもので、三次試験までパスした者のほぼ100%は合格する。と言っても、この心理適応テストなるものが重要視されていないわけではない。
性格的に欠陥のある者が、宇宙連邦部隊の、たとえルビーレディー(惑星間用の小型船)一隻といえども、指揮することは危険極まりない。その規模のものでも乗員二万名は下らないわけだし、その船の能力、特に戦闘能力は決して軽視できるレベルではない。だからこそ一回や二回のテストで決定するのは甘いと言うことで、俺たちは幹部候補生になった時から、二ヶ月に一度の割合でテストを受け続けてきた。少しでも性格上問題ありと判断された者は、容赦なく切り捨てられた。そもそも、幹部候補生に選ばれた時点で、十二分な人格の持ち主と認められていたはずだ。にも関わらず、このテストでその人数は激減した。
つまり、明日のテストは、事前に何度もふるいにかけられた上での試験なのだ。だから今日はみんなで――そう、三次試験をパスした仲間と一緒に、このこぢんまりとした通い慣れたバーで、一日早い祝杯を上げていたのだ。
その時、俺達以外の客は一人だけだった。この男――俺の目の前の、トマスと言う名の男だけ……。
「これは君に渡すよ。そして、こっちは僕の分。同じアステア・ガンだ」
デューイは目を見張った。彼が周知しているのは、その性能だけではない。まず何よりも数が少ない。全宇宙からかき集めても、せいぜい5000丁どまりだろう。加えて、確実に生命体を破壊するこの銃の管理体制が、どれほど厳しいものか。そうやすやすと一般人が所持できる代物ではないのだ。それをたかが中学校の教師にしか過ぎないトマス――もっとも名前も職業も、彼自らが名乗ったものだが、まるで手品師がハトでも出すように、しかもニ丁も――。取り出すことなどあり得ないのだ。いや、あってはいけないのだ。
「何故だ! いったいお前は──?」
「これで答えを出そう。君の主張が正しいか、それとも僕か」
トマスは相変わらず静かに微笑みながら言った。
主張だって──?
デューイは凄まじい勢いで、ここ数時間の記憶を手繰り寄せた。
最初はトマスの方から話し掛けてきた。その制服は連邦部隊のものだね。僕も昔、志したことがあるんだよ──てな具合だ。それで俺達は試験の話をし、彼は試験を受けるのが大嫌いだったから、試験を出すほうに回ったのだと言い、それから後は、今の教育問題は何かとか、連邦部隊の管理体制がどうのとか、出世するのに金がかかりすぎるとか……。
しかし、待てよ。大体において俺とトマスの主張は一致していた。実際、ほんの数分前まで、俺はトマスを気の合うやつだと思っていたのだから。意見が別れたのは何だったけ。──そうだ、女の話だ。彼はスレンダーな女がいいと言い、俺はどちらかと言えばグラマラスな方がいいと。でも、これは主張じゃなくて単なる趣味なわけだし……。
「ルールはこうだ」
トマスの声の微妙な変化を感じて、デューイは彼を見た。案の定、トマスの顔から笑みが消えていた。