短編集2                  
 
  例えばそれも〜とある日常〜  
           
 
 

 

      二  

 武は天を見上げた。強烈な太陽の光が目を直撃する。ぐらりと上体が揺れる。右足を軽く後ろに引き、倒れようとする体を支える。眩暈を起したのは、日光の眩しさだけのせいではない。武は、疲れきっていた。
 引きずるように持っていた機関銃を構える。それを敵に向ける。銃口がギガリオンを捉える。先ほどから寸断なく上げる雄叫びも、怒り狂って吐く火柱も、何より古い怪獣映画に出てくるようなふざけたその姿にも、もう何も感じない。武は、引き金を引いた。
 弾が、出ない。
「くそっ」
 銃と共にそう吐き捨てると、武はふらふらと後退した。ギャワワ〜ンとギガリオンが叫び、太く短い足を一歩前に出す。ありえないほど地面が震え、武は片膝をついた。その目の前に一人の男が転がっている。血まみれの男。目を見開き、呼吸はしていないようだ。
 こいつも、死んだのか――。
 いつの間にか、武は一人になっていた。ビルが崩れ、戦車がひっくり返り、戦闘機が墜落した。あちらこちらで爆発が起こり、熱風に煽られ、「うわあ」だの「ぎゃあ」だの、悲鳴がこだました。そして気がつけば、仲間は全て倒れていた。武がまだ何もしない、ほんのわずかの間に。
 武はその男の手から銃を奪い取った。そしてそれをギガリオンに向けて放つ。糸のような細い光線がギガリオンの体に当たって、線香花火のような火花を散らした。見た目以上の反応を示して、ギガリオンが吠える。
 ズシッ。
 また一歩、前へ進む。
「よーし、来い。こっちへ来い!」
 大音響の中、麻痺した自分の耳にも聞こえる大声で、武は叫んだ。
 第三部隊に与えられた任務。それは、ギガリオンをディアスバンダーの所まで誘導することだった。距離にして三十キロメートル。ただ歩くだけでも骨の折れるこの区間を、戦いながら進まねばならない。しかも、たった一人で。
「こっちへ来い、くそったれ!」
 鼻腔に刺激臭が入る。いろいろなモノが、焦げている匂い。胸がむかつく。狂ったようなギガリオンの声には慣れたが、まだこの匂いには慣れない。えずきながら、武はまた銃を構えた。一筋の光が、頼りなげにギガリオンを撃つ。何度も、何度も。単純な流れ作業を行うかのように、ただ繰り返す。体力も気力も極限まで消耗し、あらゆる感覚が失われていく。頭の中に大きな空洞が生まれ、やがてその存在すら感じなくなる。
 武はそれでも戦った。挑み続けた。そして――。
 突如、武の背後で爆音が響いた。すでに夕闇に包まれた空が、真昼より明るく輝く。ギガリオンの体に、無数の鋭く太い光が突き刺さる。口から火を吹きながら、ギガリオンの上体が右に左にぐらつく。
 武は仰向けに倒れた。空を埋めつくさんばかりに、大量の光が走っている。
「やった……」
 弱々しく、武は呟いた。
「……基地だ。もう、もう……後は」
 シャキーン、シャキーン。
 妙に清々しい歯切れのいい音が、辺りの空気を震わした。塞がろうとする瞼をぎりぎりの所で保ちながら、武は音の方に顔を向けた。仄蒼い空間に浮かびあがる白銀の騎士。ギガリオン以上に笑える姿のディアスバンダーがそこにいた。子供騙しの漫画にでも出てくるような、巨大ロボットが。
「これで………もう……」
 武は目を閉じた。ディアスバンダーの間の抜けた勇姿を、なおも瞼の裏で見続けながら、静かに意識を失った。


「起きて」
 声がする。
「起きて、起きてよ、武ちゃん」
 明るい声。照の声。武はそれを認識した。そして、反応する。まだ貼りついていたいと主張する瞼を、苦労して開ける。
「武ちゃん!」
 笑顔の照がそこにいた。武の口元がほころぶ。
「武ちゃん、カッコ良かったよ〜。照、感動しちゃった」
「てら……す……じゃあ、ディアスバンダーは……僕らは」
「よくやってくれた」
 照の可愛い顔に代わって、軍服男の顔がUPになった。黒々とした髭が、一瞬触れそうな気がして顎を引く。
「……あの」
「いやあ、全く。一時はどうなるかと思ったが。君のお陰で、無事、終了だ」
「本当に」
 今度は金髪女の顔がUPになる。武は顎を元に戻した。
「本当に、よく頑張ったわね。素晴らしかったわ」
 相変わらず、語尾に粘着性のある甘い声で、女が言った。武の口元が、照の時以上にほころぶ。
「……ど、どうも」
 しかし、武がそう返事した時、すでに女の顔はなく、無機質な白っぽい天井が目の前に広がっていた。
 あれ、ここは、洞窟じゃないんだ――。
 武は体を起した。
 病院……のようだ。基地の中だろうか――。
 深く考える間も与えず、照がまくし立てた。
「武ちゃん、素敵だったよ。銃をこう、バキューンって。でも、一番カッコいいと思ったところは、あの怪獣に向かって『こっちへ来い!』って言った時かなあ。照、もう、鳥肌立っちゃったぁ」
 照のお喋りに頷きながら、武は首を傾げた。
「…………ん?」
「でも、照、あそこも好きなんだよねえ。『くそったれ!』ってとこも。普段、武ちゃん、そんなこと言わないもんね。なんか、ワイルドって感じ〜?」
「そういうのは、別にワイルドとは言わないだろう。つーか、何でそんなこと、照が知ってるんだ?」
「だって、見たから」
 くりんと照の目が輝く。
「見たって?」
「カメラ」
「カメ……ラ?」
「今からいろいろ編集するんだって。でも、もう十分いい感じだったけど。特に、武ちゃんの所が最高!」
「照……」
「やっぱ、武ちゃんは素敵」
「照……」
「何たって、照の彼氏だもん」
「照……」
「大好き! 武ちゃん」
「照!」
 武は照の両手を握り締めた。額に皺を寄せ、すがるような目で、じっと見つめる。
「話が……話が見えない。ちゃんと説明してくれ。一体、何の話をしてるんだ?」

 
 
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  例えばそれも〜とある日常〜・3