短編集2                  
 
  例えばそれも〜とある日常〜  
           
 
 

 

      三  

 戻ってしばらくは大変だった。真面目とは言い難いが、不良というわけでもない二人の高校生が、一週間、行方不明だったのだ。しかも少女の方は、次元ポケットだの、二百年後の世界だの、パッポンピッポロ星の逆襲だのと、訳の分からないことを並べ立てて両親を不安にさせた。一方少年の方は、とにかく何も覚えていないと主張するだけで、埒があかない。警察も周囲の人間も途方にくれたが、月日が流れるにつれ、事務的にも心理的にも、それは曖昧に処理されていった。そうして――。
「待って、待ってよ、武ちゃん!」
「早くしないと遅刻するぞ、照」
「うん」
 交差点。いつもの生活。ありきたりの、ほぼ予測可能な未来しかない日々。
「ふう……」
 武は大きな溜息をついた。
「あっ、武ちゃん。また、あの女の人のこと、考えてたでしょ」
「違うよ」
「ホントにほんと?」
「本当」
 武は、忘れたわけではなかった。ただ、まともに受け入れられる話ではないと判断し、記憶がないことにしたのだ。覚えている。しっかりと。だが、平穏な日常が、あたかもそれが夢であったかのように、希薄にする。
「ふう……」
「またあ!」
 照がきゅっと口元を窄めた。
「武ちゃん。ホントにホントに、あの女の人のこと――」
「違うってば。もう、顔も忘れたよ」
「あら、残念」
 武は絶句した。目の前に女がいる。金髪女が。
「もう忘れられちゃっただなんて」
 甘ったるい声。その声に呼応して、照の顔が挑戦的になる。武の腕を掴み、ぐいっと引っ張りながら噛みつく。
「なんで、なんで、ここにいるのよ?」
「撮影よ」
 金髪女は悠然と微笑み、右手で髪を払った。やっぱりめちゃめちゃ色っぽい。
「この前の映画が大当たり。各賞を総なめにしたのよ。何より評価が高かったのが、あ・な・た。で、今回、続編が作られることになったのだけど、もう一度その才能を使おうという話になって」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って」
 武は無意識に、一歩後ろに下がった。
「またって、またあの変な星に? でもほら、ああいうのは知らないでやるわけで。知っててやるのは、演技とかなんて、僕、出来ないし」
「もちろん、あなた達を使うことはできないわ。だから、他の人達、ちょっとお借りするわね。この時代の人間なら、あなたと同じような資質が備わっている可能性が大きいから。ということで、はい、これ」
 金髪女は、いきなり大きなリュックを武に押し付けた。
「こ、これは?」
「一週間分の食料と水。とにかくそれで、当座をしのんでね。正直、これだけの規模の時空間移動がうまくいくかどうか、不安なんだけど。まっ、人生、チャレンジが大切。もしもの時は……とにかく頑張ってね。じゃ!」
 腰に手をあて、もう一方の手をひらひらと武に振りながら、金髪女は消えた。いや、消えたのは、女だけじゃない。
「……武ちゃん……これ、なに?」
「う〜〜〜〜〜ん」
 武は唸った。目の前に、いつもの風景はなかった。そこにはただ、地平線を露わにした、見渡す限りの荒野が残されていた。

 

  終わり  
 
  拙い作品を最後まで読んで下さって、感謝致します!
ご感想、ご意見などございましたら、お聞かせ下さいませ。
  メールフォームへ  
 
 
 
  novelに戻る         前へ    
  例えばそれも〜とある日常〜・5