短編集3                  
 
  Good choice  
               
 
 

「イエ〜ス! イエ〜ス! イエ〜ス! ルルルルルル〜」

 人形が、人形が、歌って踊ってやがる……。

「それでいい〜の、それでいい〜の
         きっとうまく行くわ
    あなたな〜ら、あなたな〜ら
            なんでも出来る」

 くるりと人形がいっせいに回り、それぞれポーズを取る。

「わたしには分かるの あなたの全てが〜
    わたしには見えるの あなたのココロが〜」

 おお、フォーメーションだ。台座自体が複雑に動き、人形の立ち位置が変わる。

「だってわたしは わたしは
    あ・な・た・に〜〜〜〜〜
         I LOVE YOU♪」

 ラスト、全員でのウィンクを決めると、人形達はまたギシギシと音を立て元の場所に戻っていった。再び静寂。その静寂が、あまりにも恥ずかしい。心の底から、こんなバカな買物をするんじゃなかったと後悔する。『ただ今お試しキャンペーン中、なんと半額!』の文字に踊らされ、二ヶ月分のバイト代を費やした自分に愛想をつかす。いや、それよりなにより……。
 俺は優柔不断だ。大事なことはもちろん、取るに足らないつまらないことまで、とにかく悩む。あっさり決められる場合もあるにはあるが、いったん迷ってしまうと際限がない。決めた側から、すぐまたぶり返して悩むのだ。時間の無駄だ。大いなる無駄だ。分かっていながら、やっぱり決められない。
 だからと言って、男らしくないなどと、ツッコミを入れるのは止めてくれ。男であろうが、女であろうが、その両方であろうが、そのどちらでもなかろうが。とにかくそういう性質なのだからしょうがない。変えようたって、簡単には変えられない。変えられるものなら、とっくに変えてる。自分でちゃんと決められるなら、すでにデートコースは出来上がっている。
 明日、俺はデートする。しかもそれは初めてなのだ。もちろん、人生で初めてという意味ではなく、今の彼女とはという意味である。が、最初が肝心であることには変わりない。その気合の入れ方がいけなかった。例によって迷いのスパイラルに入り込んでしまい、自分ではどうしようもなくなったのだ。誰に言われなくても、情けないことは分かっている。でも、程度の差こそあれ、人にはそういうものってあるじゃないか。占い師とか風水師とかが、巨額の富を築いたりするのは、そういうことだろう? 企業のトップとか、はては大統領とか、重大な決定事項をそういうものに頼るなんて話、よく聞くじゃないか――。
 向きになって俺は自分で自分に言い訳をした。それで少し落ち着く。恥ずかしさはまだしっかりと残っていたが、とりあえず最後までやってやろうという意欲が戻る。
 次はフレンチか、イタリアンかだな。
 俺は声を張り上げた。
「ランチはフレンチで、OK?」
「イエ〜ス!」
「ノオォォ!」
 YESの勝利。同じ光景が繰り返される。
「一輪のバラのプレゼントって、どうよ?」
「観覧車から夜景を眺めるってのは?」
 等、など、ナド。全部YESの答。
 う〜ん、つまらん。NOバージョンが見たいのに――。
 質問を重ねるうちに、俺の興味は別の方向に向いていた。さらに、大分気持ちもすっきりしてくる。あの、人形達がぺしゃんこに潰れる音と姿に、妙な快感を覚えてきたのだ。潜在する暴力性、破壊を好む邪悪な心――なあんて表現しても、外れではないのだろうが。むしろもっと単純な喜びが俺にはあった。俺を惑わせ、思い悩ませるもう一つの考え、別の道。それがぶちっとそこで、断ち切られるような感じ。なんとなく、この要領じゃないかと思う。何かに迷った時、どちらかを選ぼうなどとはせず、どちらかをべしゃっとぐしゃっと叩き潰す感じ。そういう風にすることができれば、少しはこの俺の性格も――。
「ノオォォ!」
「イエ〜ス!」
「おおおぉ!」
 俺は人形達に負けないくらいの大声を出した。
 やった! NOバージョンだ。

 
 
  novelに戻る         前へ 次へ  
  Good choice・2