短編集3                  
 
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 『NO』と叫んだ人形の代わりに、『YES』と叫んだ人形が潰されるところまでは同じ。でもそこから先は期待した通り、初めて見る歌と踊りが待っていた。

「ダメ、ダメ、ダ〜メダメダメ」

 人差し指を立て、それを小さく横に振りながら歌う。

「ねえ、そんな顔をしないで
     ねえ、そんな哀しい顔」

 YESのバージョンに比べ、曲はスローだ。べたなマイナー調のフレーズが、やたら耳に残る。

「明日には、また新しい風が吹くわ
     明日には、また違う日が微笑むわ」

 くるりと人形が回転。今までよりもゆっくりと回る。そこからまたフォーメーション。もちろんちゃんと違っている。このこだわりは、なかなかのもんだ。

「だから勇気を出して 
    もっと元気を出して
        お願いよ マイ・ダーリン」

 その時の俺は、もう微塵も後悔していなかった。バカバカしいのはバカバカしいのだが、ここまでやってくれるとあっぱれと言うか、潔しと言うか。もうそういう気持ちしかない。なんだかんだとデートコースも決まったし、それなりに面白かったし。
 俺は最後の質問をして、もう一度『NO』バージョンを楽しんだ。その時点で、残った人形はわずかに三体。ということは、後一回だけ質問ができる。
 さて、どうしよう――。
 日を改めて、何か別の悩みごとに使ってもいいんだけど、わざわざその為にとっておくのもどうだろう。第一、かさばってしょうがない。まあ、このまま捨てるという手もあるけど、せっかくだからもう一回、歌って踊る人形を見てみたい気持ちもある。だってもう、こんな商品買わないだろうし。
 ――と。
 思いを巡らせているうちに、ある質問が俺の頭の中に生まれた。聞いてどうする、聞いてどうなるという問いだが、それ以外に思考が向かない。今までやってきたことが、全肯定となるか全否定となるか。確率は二分の一のはずだが、俺は心の中で99%の確信を持ってある一つを支持した。
 質問する。ぎしぎしと箱が音を立てる。人形がせり上がる。
 一体の人形が叩き潰され、残りの二体が歌って踊る。その答えが何であるかより、予想が的中したことに、俺はただ笑い転げた。

 ……で。
 結局どうだったのかって?

 デートは、ことごとく裏目に出たよ。失敗。いや、大失敗と言った方がいいな。つまりあの箱は、見事に未来を言い当てたわけだ。『デートはうまく行く?』の最後の問いに、『NO』と結論付けてくれた、あの箱は。
 可哀想に、じゃあ君はふられたのかだって? 
 残念、答えはNO。なぜかその後もデートを重ね、昨年結婚。娘も生まれた。
 なら、あの妙な箱は、なんの意味もなかったんだねって?
 う〜ん、その答えは、ちょっと微妙だなあ。だってね――。
「あなた」
 その時、理沙が部屋に入ってきた。
「荷物届いてるわよ、なんだかやけに大きい」
「おお、来たか。どれどれ」
 俺はそういうと、いそいそと荷物を開けた。大きな宝箱。何回かのバージョンを経て、外観はかなり豪華な感じに仕上げられている。さしずめ海賊の宝箱から、王様の宝箱へといったところか。
「また、こんなもの買って」
 すでに何度かこの形を目にしている理沙が、呆れた顔と声で俺を責めた。
「なんでもかんでも、これで決めちゃうんだから、全く」
 傍らに座り込む。そう言えばと小さく呟く。
「前々から聞きたかったんだけど……わたしとの結婚も、まさかこれで決めたなんて、言うんじゃないでしょうね」
「まさか」
 俺は笑った。
「こんなんで、そんな大事なこと決めたりしないよ。それだけじゃなく、他のことも。これはただ、何ていうか、幸せになるための、じゃない、今の幸せを実感するための、ちょっとした小道具なんだよ」
「…………?」
 顔いっぱいで疑問を表しながら、理沙が俺を見た。
 だからね。
 俺は微笑んだ。
 この箱のおかげで、俺はちょっとしたコツをつかんだんだ。選択肢がある時、どちらにするか酷く迷うのは、過去、いろんなことに悔いを残していた結果だったってことに気付いたんだ。選ばなかったもう一つの方が正しかったかもしれない、良かったかもしれない。そういう思いが次の選択時に迷いを生み、さらに気持ちを沈ませていた。だから俺は、過去にきっちりケリをつけていくことにしたんだ。あの人形を叩き潰す要領でね。振り返った時、そこに道は一本しかない。そしてその他の道は存在していない。これ以上の道は、端からなかったのだと思えば、それなりに幸せすら感じる。そしてもう一つ。
 俺は未来に対しても、気持ちの変化を持った。過去への道は一本。確かだが、どこか寂しげだ。しかし先への道は、たくさんある。そのことの素晴らしさに、やっと気付いたんだ。迷うこと、悩むこと、そういうことがいっぱいあるという幸福に、やっと――。
「あなた?」
 答えを求める理沙の額に、俺はそっとキスをした。納得しきれていなかったようだが、それでも理沙は微笑した。
 手を伸ばす。美しい魂の宿る、まだこの世に生まれ落ちて一ヶ月しかたたない小さな体に触れる。

 いっぱい迷って、悩んで、苦しんで。でも大丈夫、君はきっと幸せになれるからね。だって、君が選んだ道が、君にとって一番素晴らしい道なのだから――。

 

  終わり  
 
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