「段取りは、こうです。まず、本人とプライバシーの公開契約を結び、その報酬を譲渡する人物を指定してもらう。そして改めて、その人物と私達との間で契約をする。未来に起こることを事細かく明記した上で、その通りになった場合のみ報酬を支払うという契約を」
「つまり……」
半ば呟くように俺は言った。
「俺の未来がどうなるのか。かみさんは全部知ってるってことになるのか」
「奥様に権利を譲渡される場合は、そうなります」
「でも、もし――」
「それはできません。契約には、ちゃんと守秘義務も盛り込まれています」
尋ねるより早く、友里が答えた。
「奥様があなたに、契約内容についてほんの少しでも告げてしまった、あるいは悟られるような行為を行った時点で、それは破棄されます」
「なるほどね」
俺はそう言って沈黙した。それを理解の合図と判断し、彼女は話を元に戻した。
「それでは、具体的な事柄を決めていきましょう。まず、情報公開のレベルですが、当局では、プライバシー保護新法案支持の立場上、レベル5に関しては自主的に規制をかけています。よってできれば、レベル4、もしくはレベル3の契約をと考えているのですが」
「そう、数字で言われても。あまり、よく……」
いかにも気の乗らない俺の声に、友里は笑顔で報いた。
「そうですわね。失礼致しました。では少し、具体的に説明させて頂きます」
そう言うと友里は、しゃがんでいた腰をとうとう道端に下ろした。両足を左斜めに倒し、妙にくつろいだ雰囲気で話し始める。
「まず、レベル1。最も情報量の少ないレベルですね。これは、氏名、年齢、性別、年代。この年代というのは、どの時代の人間であったかということですが、それらに加えて国籍。公開されるのは、この五つだけです。肖像権も守られているので、写真などの画像、映像公開は全面的に為されません。目の部分を塗りつぶしたり、顔をぼかしたり、背後から撮ったものなど、特定不可能なものも非公開となります。正直、このレベル1は、特別なケースのみこの処置が取られます。例えば凶悪犯罪を起こしてしまった人の、その子供とか」
「そんな場合でも、名前は出ちゃうんだ」
俺はその子供に対する同情と、メディアに対する非難とを半々に込めて呟いた。友里の眉が、少し険しくなる。
「実際のところ、事件発覚直後は、それ以上の情報が流れてしまいます。凶悪犯人である親の方は、問答無用でレベル4の公開となってしまいますから。ただ、こういうケースの場合、子供は改名することが許されています。情報公開は本名に限られますので、当然変えた名前は守られます。通常は、転居も合わせて行なわれますから。そうなると、公開された情報は、ほとんど意味を持たなくなります。ただ犯人に、幼い子供がいたということのみが、残る形となるんです」
「ふ〜ん。それなりに、ちゃんと考えられているんだ」
「はい。分かって頂けて良かったですわ」
友里は表情を和らげた。
「さて、次はレベル2の説明を。こちらは先ほどの情報に加え、出身地、出身校、職歴などの履歴が公開されます。また、動画はだめですが、静止画像なら公開が可能です。この画像は、例えばパスポートの写真など公的書類に用いられるものだけではなく、プライベートなものも含まれます。後、止めた状態の動画、すなわち、ホームビデオで撮影したものの静止画像、そういうものも公開の対象となります」
「ふ〜んって、言いたいところだけど」
路地の片隅で、いい大人が二人座り込んで話している滑稽さも忘れて、俺は話に集中した。
「何でそんなに静止画像にこだわるわけ? ホームビデオの映像出すくらいなら、もう別に」
「情報公開のレベルは、そのままその個人をさらけ出すことに繋がります。声や仕草が伴えば、より、人となりが露となってしまいますから」
「まあ、そりゃそうだけど」
今一つ納得しきれていない俺の表情を見て、彼女は声に出さずあっと呟き、目と口とを丸くした。
「そうでした。まだこの時代は、それほど分析が進んでいなかったんですよね」
「分析?」
「ええ。ちょっとしたくせや仕草が、その人の性格、あるいは心理状態を示しているというのは、この時代においても周知の事実でしょうが。私達の時代は、それらの研究がさらに進んで、人間関係を上手く保つための手段として、日常的に活用されているんです。例えば、これ。イアライザーと言うんですが」
友里はふいっと顔を横に向け、真ん丸な銀のピアスが収まっている自分の耳を指差した。横顔も、なかなかキュートだ。少し低めの鼻のラインと、すっきりとした小さな顎が可愛らしい。
「これで、相手の声の抑揚を、10ヘルツの違いまで聞き分けることが可能なんです。それによって、相手の言った言葉が、どの程度本心であるかどうかが分かるんですよ」
ふ〜ん。
と、俺は言いかけて、それを止めた。
ちょっと待てよ。じゃあ、俺の言葉が心からのものかそうでないか、彼女は一つ一つ確かめながら話してたってことか? さしずめ、ピアス型嘘発見器みたいなものじゃないか。何だか、端から疑いを持たれているような気がして、嫌な感じだ。何より、こっちはそんな機械を持っていないのだから、不公平じゃないか。
ここまできて、ようやく俺は目の前の女性に対して、警戒心を持った。
こいつ、一体……?