エイダの休日

「皆様、御機嫌いかがでしょうか。全宇宙に向けてお送り致します、公開料理番組、“宇宙の料理ショー!”わたくし、司会進行兼料理人のエイダ・リィ・アルスです。一部地域には公開生放送でお届けしております。その他地域の皆様には、収録でお目にかかります」
キッチンセットの中に立ったエイダは、御機嫌な笑顔でにっこりと微笑むと、カメラに向ってにこやかに手を振った。客席から拍手が起こる。
「今日は、ご存知惑星ミルアールの宝樹!マーベラから取り出しました、マーベラシロップのお菓子をご紹介致します!」
おおおーっ!観客のどよめきが湧く。
「まずは、ミルアールのマーベラシロップについての、ご説明映像を流させて頂きます。これはマーベラの林より、非常に丁寧に、手作業で取り出されます。傷をつけた幹から染み出た樹液を集めたものが、このシロップの原型です。これがその貴重なエキスです!」
エイダは、キラキラと輝くクリスタルに収められた琥珀色の液体を客席にかざしてみせた。
「尚、本日は客席から、御手伝いを申出てくださった特別アシスタントをお迎えしています。惑星カルタスよりお越しの、ティトさんです!どうぞ皆様温かい拍手をお願い致します!」
キッチンセットに隠れてしまうような背丈の小さな少年がどきまぎした様子で、マイクの前に立つ。
「ティトさんは、キュルバナン族という種族の方です。ようこそお越しくださいました。ありがとうございます。お手伝いをしてくださるなんて、御親切ですわ」
「”ご婦人に親切にできなくては、男ではない”と言われている…」
妖精のような少年は、緊張した様子ながら、はっきりと答えた。その台詞に、エイダはいたく感心する。
「キュルバナン族は、素晴らしく紳士的な文化をお持ちですね!客席にまぎれている、チーフアシスタントのギューゼーン。聞こえていますか?ここのところ、重要ですよ!料理は文化を反映します」
客席より、拍手が起こった。
エイダは鋭く、その一画を見据える。
「ギューゼーン!皆さんと一緒になって、拍手してるんじゃありません!‥まあ、いいわ。彼がいても、邪魔なだけですからね。ティトさん、よろしくお願いしますね」
キュルバナン族の少年は、こっくりと頷いた。
「さて。これは重要なことですが、ミルアールのマーベラシロップが、体質に合わない属性の方は、どうそ、この放送のレシピを御参考の上、身の回りの食材をクリエイティブに御試しください。マーベラシロップが合わないと思われる方の情報は、多重にお流ししておりますので、そちらを必ずご確認ください」
モニタの一つに鋭く目を走らせて、多重情報の流れ方にトラブルが無いかを確認する。
「さて、皆さん。本日はもう一品、非常に貴重な食材を同じくミルアールより、調達してまいりました。かの地のピート乳より、脂肪分を多く含むクリームを抽出しております。これは、振動により、凝固する性質があります。ピート乳の取り扱いにつきましては、凝固温度、また、振動の強さが、出来上がりの品質を大きく左右致しますが、ここの環境でしたら、要するに室温で大丈夫です。これをティトさんに振っていただきます。大事なお役目です。ティトさん、さっきお話しましたリズムでお願いします!」
キュルバナン族の少年は、容器を受け取る。彼の身体には、多少大きめのバランスであるが、手付きはしっかりとしていた。
「さて!ピート乳の凝脂をティトさんに作って頂いている間に、本日はもう一品、焼き菓子をご紹介しましょう。これは、非常にリッチな配合のお菓子です。ピート乳は、ティトさんが振っている分しかありませんので、これはわたくしの出身フェルール産の凝脂を使用します。これをとにかく思いっきり、空気を混ぜ込むように攪拌いたします。エア・インの状態にしてください」
エイダはにこやかな表情で、ボウルに入った材料を、ホイッパーで攪拌する。作業をしつつもカメラ目線で微笑むと、注意を促した。
「尚、この凝脂が体質にあわないと思われる属性の方についての情報は、多重にお流ししておりますので、必ずチェックをお願い致します。‥」
ここを強調しておかないと、後々トラブルが起きるのだ。
「さて。これに、甘味料を加えて、更に撹拌します。そして、卵です。少量ずつ、丁寧に加えてください。ここでいっぺんに液状の材料を加えてしまいますと、生地が分離を起こします、くれぐれも少しずつ、丁寧に行ってください。生地はあくまでも、滑らかな状態を保つようにしてください。
この後、あらかじめ刻んでおきました乾燥果物各種、そして、粉末状の香料を混ぜ込んでください。香料は、非常識な量を大胆に混ぜていただいてもかなり大丈夫です!但し、あくまでもお好みで加減してください!例えば、粉より香料を多く入れようということは、避けられた方が無難です。そして、くれぐれも、お菓子に合う香りのものをお選びください。この状態で食べてみて、美味しくなければ、仕上がりも、概ね、美味しくはありません!よろしいですね!では、次の工程に行きます…。
次はですね、これもエアインの状態に別に立てました、卵の白身をですね。出来るだけ泡を潰さないようにして、混ぜます!
カメラさん、手元を写してください。このように、切るように、混ぜます。宜しいですね?
はい。では、二つの生地が馴染みましたらですね!粉を加えまして、更に混ぜます。これで生地が完成します。泡をできるだけ潰さないよう、手早く作業をしてください。混ざりましたら、それ以上生地を弄るのはやめて下さい。余計に触りますと、それだけ状態が悪くなります。泡が潰れ過ぎますとお菓子は固い仕上がりになります。顎の運動には使えますが、砂糖を多く含みますので、多くの方の歯にはよくありません。御注意下さい。
そうして作りました生地は型に流しますと、リボンを折り畳むような形に流れていく筈です。はい。カメラさん寄ってください。よろしいですか?このような状態を目指してください。それからすぐに、温めておいた天火にかけます。後は焼きあがるまで、次の料理に取り掛かります!
尚、お菓子作りの成功の要諦は、全ての材料が最良の状態で調和することです!これは、どの材料を使って作ったとしてもほぼ同じ真理です。ここのコツをつかんでくだされば、大抵どこにいっても、美味しいお菓子が作れます!ここのところ、アンダーラインを引いておいてください。‥材料の調和ですよ。皆さん!さて、ティトさん」
キュルバナン族の少年は、至極真面目にピート乳入りの容器を振りつづけていた。
「わたくしが、もう一品のお菓子の生地を作っている間に、大変疲れる作業を、ありがとうございました。容器の中で、音が変化していったと思われますが、如何でしたか?」
「さっき、ちゃぷちゃぷいうようになった」
「はい。それが重要ですね!液体と、固体にピート乳が分かれました。皆様、宜しいですね。この“ちゃぷちゃぷ”という音がポイントですっ!ティトさん、大分、手がお疲れになったかと思います。どうもありがとうございました。暫くやすんでいてください」
「大丈夫。まだ、出来る‥」
「いえ。ピート乳の凝脂を作るのは大変なんです。決まったリズムを保って振らなくてはなりません。これを長時間続けるのは、大変なことです。ちなみにミルアールには、“ピート振り5年”という格言があります。ティトさんはとても上手になさいました。キュルバナンの皆様は、料理がお得意ですか?ポイントつかんでおられるようです」
「料理は、よく作った」
「なるほど。それでは後程是非、お国のお料理のお話を聞かせてください。皆さん、ティトさんに盛大な拍手をお願い致します!」
バタバタしていてご免なさい。この放送が終わったら、今作っているお料理を召し上がって頂けます。ゆっくりお食事に出来ますから、御連れのかたも御一緒にいらしてくださいね。
自分の腰の辺りまでの背丈の少年にオフレコで囁くと、エイダは再びマイクをしっかりと口元に引きおろして、カメラを見る。
「この凝脂とマーベラシロップを使いまして、口当たりの軽い、淡雪のようなお菓子ができます。淡雪がわからない方の為に、資料映像を多重で流しています。どうぞ、ご参照ください‥!」

多重情報をチェックをしていたモニタの画像が、フェイドアウトして、消える。
ぱちり。とエイダは淡緑色の瞳を見開いた。あら?モニタは…?と、しばらくぼんやりと天井を眺めた後で、ガバッと起き上がった。
「大変!寝坊だわ!」
ばたばたと立って、時間を確かめる。
「今日は、舟遊びの日だったのに!」

*****

「あんたの夢は突拍子もねえな」
ギューゼーン・リィ・アルスが唸る。
ようやく駆けつけた舟遊びの集合場所には、人影は殆どなかった。黒髪の青年と少女が、テラスに持ち出したテーブルで、ボードゲームをしているだけだった。
エイダが近寄ると、二人はゲームを中断した。遅刻の理由をエイダから聞かされた青年は、呆れた様子を隠しもしなかった。
「そんなん見てるから、寝坊して遅れるんだ。もう皆、湖に出ちまった」
「ごめんなさい‥」
エイダは、うなだれる。
「皆と一緒に行ってくれてよかったのに。‥申し訳なかったわ」
ギューゼーンは、肩をすくめた。
「丁度良かっただけだ。俺は、元々舟は嫌いだ」
「わたしは、エイダが一緒じゃないと、つまらないし。タクは、舟遊びが初めてだったから、他のグループと一緒に、行って貰ったけれど」
黒髪の少女も屈託がない。彼女の名は、フリーア・ディ・アルスという。
「すみません‥」
「でも、ね?エイダは絶対に頭がいいわよ。そう思わない?ギューゼーン。そんな夢、わたしは見ないわ。普通の生活がそのまま出てくるの」

「‥‥‥変わった構造の頭なのは、確かなようですな。こんなの普通、見ませんよ。何で、全宇宙なんだよ?というか、何で、俺が役に立たないチーフアシスタントなんだ?ティトって誰だよ?」
「あらギューゼーン。“書棚”管理者の癖に知らないわけ?“蒼き騎士の伝説”って本があるでしょ?」
「それは、俺の担当の棚の本じゃねえ」
「以前、よく読んだのよね!ああ。そうそう。キュルバナン族は、海洋民族の末裔なのよ。それできっと”舟”と重なったんだわ…」
エイダは、一人で合点をしている。
「あの辺りの棚の本は大好きだったのよね!もう試験期間中なんか、皆、他の棚に行くから、いくらでも読み放題で…!」
ギューゼーンは、こめかみに手を当てた。

「‥‥‥あんた、何やってたんだよ?‥だから、成績が振るわないんだろ‥」
フリーアは、興味を持ったように、緑色の目を輝かせる。
「その本は、どの辺に置いてあるの?後で見てみるわ」
「ええ。是非そうなさってくださいませ。フリーアさま。でも、わたくしも、どの棚だったか、うろ覚えですけれど。‥多分、タイトルで探せますわ」
「マーベラシロップってどんな味なのかしら‥」
「ねえ?わたくしも、食べたことはありませんけど。美味しそうでしたわね‥それにしても、最高の食材と、機材を自由に使わせて貰えたらどうしようかしら‥嬉しすぎるわ‥。いい夢だった…」
エイダはうっとりとした眼差しになってから、ふと、表情を戻した。
「あ。そういえば、その本の収納場所は、カリザンが多分知っています」
フリーアの教育係の青年の名前をエイダは口にする。
「カリザン?」
「昔、面白い本があるって教えてくれたのは、彼でしたから。記憶力の良いのは折り紙付きですものね。調べるよりも聞いてしまった方が早いかもしれません」
「へえ‥あの石頭が」
「意外だわ‥」
「そうでしょうけれど。‥彼も、仕事と規則で全てという訳でもありませんでしたのよ。ちゃんと、人間です」
にこにこと笑って、エイダは立った。
「夢の中の話だけでは無くて、本当にお菓子をつくりましょうね。すぐできますから、待っていてください。乾燥した果物ではなくて、フレッシュのを使いますわね。フェルール産の乳脂をと、お砂糖を振って、香料をかけて焼くだけですの。そのまま召し上がっても良いし、冷たいクリームをかけてもいいですわね。マーベラシロップはありませんけれど。こちらもなかなかいけますわ。……食べ物の話をしていると、不思議とお腹が減りますものね。台所をお借りします。遅れたお詫びに、皆の分も何か作っておきましょうね。帰ってきたら、食べられるように」
フリーアが立ち上がった。
「素敵ね!手伝うわ」
ギューゼーンは、面倒そうに呟いた。
「‥食べる方だけなら、いくらでも手伝えますが」
エイダの後を追いかけようとしていたフリーアは、ふと首を傾げて、ギューゼーンを振り向く。
「ねえ?ギューゼーン?そんなだとずっと、役に立たないチーフアシスタントから昇格できないと思うのだけど?」
青年は、緑色の瞳を据えて答えた。
「…絶対に、手伝いません」
フリーアは、からかうように明るい、楽しげな顔を青年に向けると、軽い足取りで台所に消えた。
台所からは早くも、美味しそうな匂いが漂いはじめていた。

-終-


by ひらら

無断転載厳禁


 
旧サイトの謝恩企画ということで、ひらら様の小説「棚」の番外編をリクエストさせて頂きました。
ついでに(?…笑)拙作よりティトを派遣してしまいました(^^;
 
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