ずっと一緒に、ね★PART I



「チッ。振られちまったか……」
 彼が親友と認める唯一の男、神章が、彼の想い人、日比野美影を追いかけ出ていく背中を笑顔で見送ってから、いずみは後ろに倒れ込み天井を仰ぎ見た。
 赤い夕焼け雲。
 暮れゆく太陽。
 遠くの方で聞こえる野球部の叫び声。
 白い蛍光灯の光。
 眩しくて少しだけいずみは泣いた。
「……分かってたンだけどよ……」
 入学式。初めて見かけた時から、彼女の瞳は隣の男に向かっていた。
「……ツレエなあ……」
 そのまま学ランの袖で自分の目を隠した。
「……ハンカチ」
 不意のキンモクセイの香り。か細い透明な声。
「……あ?」
「そんなところで拭いたら、すぐにバレるよ」
 いずみがベッド代わりに寝転がっている机のすぐ横、右隣に彼女はいた。
 黒い、サラサラの髪。
 美影とは対照的に切れ長の細いクールな印象を与える瞳。
 人形を思わせる陶器のような白い肌。
 差し出された指も白く上に乗せられた細かな細工の白いレースとあいまって体温が感じられなかった。
 いずみは黙ってそれを受け取る。
「……じゃあ」
「……あっ!!ちょっと待てよっっ」
「……何?」
 静かな瞳が振り返った。
「いや……」
 彼は俯く。
 カタン。シュルシュル。
「……さよなら」
 パタン。
 扉が静かに閉められる。
「あ……ハンカチ……」
 そこに既に人形のような彼女はいなかった。

 細く綺麗にピンクの糸で刺繍されたそれを差し出し、いずみは笑った。
 朝の登校ラッシュ直前。
 赤、黒、茶、黄、と髪の色だけ違う同じ服装の集団が通り過ぎる。
 いずみは、「桂林高校」と書かれた石の看板に身を預けていた。
「昨日は、ごめんね〜?ボク、チョット気が動転してたみたいで〜。あっはは★忘れてくれると嬉しいなあ」
「ハイッハンカチッッ」有無を言わさぬ調子で言い切り、白い小さい掌にムリヤリ握らせた。
「ありがと、ね★」
 そして片目でウィンク。
 スキップして立ち去ろうとしたその時。
「……今日は、その喋り方なのね」
 透明な、声が響いた。
 白い頬を黒髪の上から押さえて彼女がいずみを見ていた。
「……昨日の方が、榊君らしくて良かったのに」
「……。なあに言ってるのかな〜?ボクは、いっっつもこうだよ〜?」
「そんなコト、言うコはこうしちゃうぞぉ」言いながら、ピョコンっとおでこを突っついた。
「……」
 無表情。
 指は、宙を舞う。
「……あっはっは〜。今日は、虫の居所が悪いのかな〜?」
「……。アナタが変なのよ」
 彼女は雑踏の中に消えていった。

(あんな女のコ、いたっけか?)
 グーパー、グーパーと掌を開き、適当に知り合いと挨拶を交わしながら、いずみは教室に向かう。
 基本的に他人に無関心な彼は親友、章とその幼馴染み、美影以外のクラスメイトの名前と顔も覚えていない。
 ただ、声を掛けられるから、返すだけだ。
 そうやって、彼は今まで生きてきた。
「……あーそうだっっ縁島愛っ!!」
 ポンッ、と手を当てる。
 日の当たる4階建ての二階の廊下。
 その先の3-Bとある教室の扉の前で白い彼女が振り返った。
「……何?」
 縁島愛という名前だと判明したその少女は、大声を出され自分の名前を呼ばれたのに、眉一つ動かない。
「あっはっは〜。キミのコト、思い出してて……ゴメンね〜?」
 いずみは頭を掻き笑いながら、彼女の傍まで近づいた。
「……そう」
 高いピアノの旋律のような声は他のクラスメイトのおしゃべりには紛れない。
 また一人彼女といずみの横をクラスメイトが過ぎった。
「……いつも、他人に無関心なアナタが、珍しいわね」
 ガララ、扉を開く。
「……どうしたの?」
 開いた扉に手をやって、縁島愛はいずみを見る。
 いずみは答えられない。
「……もうすぐ、神君と日比野さんが来るんじゃないかしら」
 右上を見遣り、彼女は呟く。
 7時50分。
 確かに章と美影がいつも乗ってくる電車の時刻から鑑みても正しかった。
(なんで、知ってンだ?)
 そうは思っても顔には出さない。
「あっはっは〜★そうだねっ。今日はどーやってからかおうっかなっ♪」
 笑って飛ばす。
 ちなみにもちろんからかって遊ぶのは章の方だ。
 実は彼が自分から関わりに行くのは章しかいない。
「……損な、性格ね」
 肩からややズレ落ちたショルダーを直し、彼女はいずみの手を引き何かを渡すと、すぐにぱっと離した。
 教室の中は早めに来たクラスメイトがいくつかのグループに分かれて談笑していた。
 その内の一人が、「よおっ。いずみ。今日は珍しく早いんだなっ〜?」といずみの存在に気づく。そうすると「ええっ。ホントにいずみ君?きゃあ♪朝からいずみ君に会えるなんて〜らっき〜っっ!!」「おおい、ど〜したんだ〜?いっつも遅刻してしか来ないヤツが」と次々と皆がいずみに声を掛けた。
 彼は適当に笑い、「うう〜ん。ちょっとね〜」とかわした。
「……辛いなら、辛い顔をすれば、いいのに」
 165cm弱しかないいずみより更に10cm近く低い少女は、隣で軽く溜息を吐いた。
「……うっせェよ」
 低くいずみは呟いていた。
 ハッと口を押さえる。
 それはとても小さな呟きだったので、幸いなことに少女以外には聞こえなかったようだ。
 いずみとの会話が一段落したクラスメイトたちは、他の生徒と変わらず話している。
「……あ……」
「うん、そっちの方がいいよ」
 少女は、笑っていた。
 透明な、硝子のような笑みだった。
 とっさに隠したズボンのポケットには、目薬が一本、入っていた。

「……お願いが、あるの」
 短縮授業で授業は昼前に終わり、部活も休みの放課後。薄情な親友は出来たばかりの彼女とさっさと先に帰り、いずみは暇を持て余していた。
 このまま帰るのもつまらないし……かといって、寄る適当なところも見つからない。
 そんな日常にありがちな悩みを胸に、学生鞄を肩で持ち玄関前から校庭へ横切っていた時。
「あ?」
「……お願いが、あるの」
 ともすれば聞き過ごしそうな声でそれは響いていた。
 後ろから同じ方向に大量に流れる制服軍団に押し流されそうになりながら、いずみは周囲をきょろきょろと見回す。
 黒い集団に埋もれながら、それはいた。
「あー確か縁島愛ちゃん〜?キミかな〜?ボクに話し掛けてきてくれたの★」
「……」
 コクン、頷く。小柄な少女。
「あっはっはっやっぱり〜?あーそお言えば、「コレ」預かりっぱなしだったね、アリガト返すよ♪」
 ポケットより透明な青い容器に入ったボトルを取り出し、両手で彼女の手を包み込み握らせた。
「で……何を、お願いだって〜?」
 「可愛い女の子の頼みだったら、何でも聞いちゃうよ〜★」いつものように軽〜く葉っぱのように飛びそうな勢いでいずみは応えた。
「……その喋り方、やめて。耳に障るわ」
「あっはっは★頼み事するのにそのセリフはナイんじゃないかな〜?」
「私が、話したいのは今のアナタじゃないわ」
「……。どうして、キミはわざとボクを怒らせるのかな?」
「……アナタが、嘘つきだからよ」
「……」
「……うん、そっちのカオの方がいい」
 そう言って少女はまた、笑った。

 校門に溢れ返る集団を押しのけ頼み込んできた少女の願いは何のことはなかった。
ー単に、知り合いにあげるプレゼントを一緒に選んで欲しい、ということだった。
 (それだったら他のヤツにでも頼みゃいーじゃねェか)
と思ったが、「縁島愛」という少女に関する少ない記憶を掘り起こしてみると、この少女に特に親しい者はいなかったような気がする。
(誰でも、良かったワケかよ)
 何故かそう思うとイライラ苛立った。
 特にこの少し風変わりな少女に思い入れはない筈なのに。
「で。ドコへ行きてェんだよ?」
 愛の指摘に根負けし、いずみはこちらの方へ喋り方を移行していた。
(小学生ン時以来かな……)
 そう考えると少々くすぐったいが、嫌ではない。
 不思議な感じだった。
「……そうね。その前に食事にしましょう」
 あくまで淡々と物事を進める少女の白い横顔。
 通学路を抜け脇道に逸れ数歩前を歩く後ろ姿。
 前方の作りものの唐草が絡まった茶色の看板。
 差す白い指先。
 少しだけ見惚れた。
「……何か?」
「ああ、いや……何でもねェよ」
「……そう」
 長い睫毛の奥に隠された黒い瞳は一度閉じ、そして静かに開いた。
「……じゃあ、行きましょ」
 壊れもののその声はいずみを誘い、包んだ。
 背筋をぴんと伸ばし、揺るぎない足取りで先頭を切る小柄な少女は自分よりずっと大人っぽく見えた。

 昼食の後、数軒のファンシーショップでさして面白くもなさそうな顔をしながら幾つかを手に取り終わった頃。
「……アナタは、何が欲しい?」
 愛が、訊いた。
 手にあるのは、まっピンクなクマのヌイグルミ。
 壁には華やかな造花が飾られ、店員はレースヒラヒラのおじょう服で「いらっしゃいませ〜」と言っているいかにも夢想少女御用達の店。
 制服さえ見なければ女かと見まごういずみだから、そんなに浮くことがないが、かなり居心地は悪い。
「……あンなあ。オレにこの店の中のモンで選べるわけねェだろうが」
 いずみは、学校や対外的にはその自分の中性的な容姿に合わせ、可愛い目スタイルを心がけているが、個人的には男らしいモノが好きである。
 自室にはK-1の選手のポスターがあり、格闘技やプロレス等のビデオやDVDが山程置いてある。
 愛は口に手を当て、くすっ、と笑った。
「……そうね。悪かったわ。……単なる、イヤガラセだから」
「はあ?イヤガラセ?何でだよ?」
「……だってアナタ、自分でこういうモノ、合ってると思ってそうだったから」
「……」
「ホラ、すぐ怒る。……意外と短気よね」
「……」
「……冗談よ。行きましょ」
 どこら辺までが本気でどこら辺からが冗談なのか、訊いてみたい気もしたが、返ってくる答えに余り期待できないようなので、いずみは黙ってまたしても白い少女の後に付いていった。

(……何故、オレはコイツに付き合ってるんだろう……?)

 陽が傾く歩道橋。
 前を歩く仄かな花を漂わせる少女。
 行き交う車の群。
 時折騒音を発すが、直に日常に還っていく様々な物象たち。
「ぶ〜んぶ〜ん」
「アハハ」
「飛行機だぁ」
 赤いランドセルを背負い、いずみの背の半分しかない子どもたちは笑いながら彼の横を通り過ぎる。
「……おいドコまで行くンだよ?」
「……」
「おい、いい加減応えろよっ!!」
 華奢な少女の肩を掴んだ。
 真っ直ぐに見る瞳。
 嘘も偽りもなく、ただ彼を映す。
 彼は、初めて会った時のように、俯いた。
「アナタはいつもそうやって何を」
 彼女はその桜色の唇を開く。
 左半分だけ、紅く染めながら。
「何を、隠しているの?」
 ガーッガーッ。
 ポポポポポ………。
『あはははは、ガイジンガイジン〜』
『オマエなんかナカマに入れてやらないよ〜』
『バーカ、バーカ』
『あはははは、死んじゃえ〜』
 彼の陽に透けると金にも見える薄すぎる色彩の髪が風に靡く。
 電信柱の広告が一枚剥がれて、二人の間を舞う。
「……オレは」
 信号が赤に変わる。
 一瞬の静けさ。
 耳が痛いほどの。
「……オレは、何も隠しちゃいねェ」
 また、車が走り始めた。
 ブーンブーン。
『ねえ、友だちに、なろう?』
「嘘つき」
 彼女は翻り、階段を一段飛ばし、羽のように降りた。
「嘘をつくのは弱いからだよね。……私、そういうアナタの弱さは嫌いじゃないの。……でも」
 珍しく多く喋る彼女の綺麗な旋律。
 ここでは異質すぎて。
 彼は耳を澄ませなければ聞き取れない。
「でも……哀しいよね」
 チュチュチュン。
 雀が群を成して飛んでいく。
 その中で一匹、道路の真ん中に取り残された雀は撥ねられ潰された。
「……私は、裏切らないよ。ずっと、傍にいる」
「ーお前はっ!!」
 ガンッと、歩道橋の端に少女の肩をつけた。
「お前は何を知ってるって言うンだっ!!」
(ーなにも知らないくせに)
 昔から外国人訛りのこの言葉を直すのにどれだけ苦労したか。
 男にしてはキレイすぎるこの外見に合わせるためにどれだけ中身を改造してきたか。
(……知らないくせに……!!)
「何も……知らないよ。だってアナタは……何も、言おうとしなかったから……」
「じゃあっ!!何故そんな知った風な口を……!!」
「……見て……見ていたから……アナタのすべて……ずっと……」
 いずみに肩を掴まれ、真っ青になりながら彼女は彼の頬に手を伸ばす。
「アナタの孤独……痛み……ずっと分かりたいと……思ってた……」
「自惚れてンじゃねェよっ!!」
 更にガンッと、背中をぶつける。
 ゴフッと、少女のか細い喉から不快な音が流れ出た。
「アラやだ。女の子に絡んでるわよ〜」
「誰か、助けてあげた方がいいんじゃない?」
「ケイサツッ!!ケイサツだよっ!!」
 群衆の無責任な声がいずみの頭の中を逆流する。
「……アナタが」
 ふわりと、香る。
 金木犀。
 いずみの掌の下で、彼女が。
 泣いていた。
「……アナタが、望むなら」
「やめろっ!!」
 いずみは、駆け出していた。

 入学式、桜吹雪の中、アナタを初めて見たの。
 アナタは一人だったね。
 陽に透けて金色に輝く髪。茶色に緑がかった瞳。白い肌と高い鼻梁。そこら辺の女のコなんて目じゃないくらいキレイな顔をしていたのに、一人、淋しそうな顔をして、仲良く歩く二人を見ていたね。
 私は、声を掛けようかと、思ったけど、無口で不器用で……慰めるのは得意じゃなかったから、諦めたの。

 三回目のクラス発表。
 念願の同じクラスで、私は喜んだけど、アナタは相変わらずあの二人以外には心を開いていなくて。
 距離は全然縮まらなかった。
 切なかった。
 辛くても哀しくても苦しくてもいつも笑顔でいるアナタがいつか壊れてしまいそうで。
 怖かった。

 いつしかアナタの笑顔は痛々しい仮面であることに気づいた。

 転瞬。
 縁島愛は、榊いずみの家の前で待っていた。
 彼自身は知らないだろうが、自分と彼は隣同士の近所だった。
(……まあ、中学から引っ越してきたんじゃ、知らなくても当然だけど、ね……)
 地域の子ども同士の交流が図られる子供会があるのは小学校まで。まして彼は、章と美影以外の人間には関心を持とうとしていなかったから。
(……でも、結構、有名だったんだよ……?)
 キレイな外国人みたいな男の子が引っ越してきたと。
 だからこそ、そういう周りの羨望と奇異と嫉妬に満ちた視線に晒され続け、彼は心を閉ざしてしまったのだろうが。
(……だけど、ちゃんと、笑って欲しかった)
 自分の我が儘であることは百も承知だけれども。
 スラスラと解けるはずの問題を、わざと時間をかけてみたりとか。
 真剣になれば追い越せる短距離走の対抗者に手を抜いて花を持たせたりとか。
 振られた相手に何でもない振りをして笑いかけたりとか。
(……何も、隠さないで)
 手が少し寒い。
 はあはあと息を吹きかける。
 この時期手袋をしているのは少々恥ずかしい。
(季節はもう……春だものね)
 緑が芽吹く時。
 日々がどんどん長くなって少しずつ影が短くなる。
 別れの時。
(……卒業前に話せて幸せだったけど……失敗しちゃったね)
 でも、自分の前では「仮面」を外して欲しかった。
(ホントに……どこまでもワガママね……私……)
「おい」
 振り返る。
 きっと怒っているだろう彼を覗き見る。
「……何?」
 憎らしいほど変わらない自分の顔を恨めしく思いながら。


 電柱の青白い光が、数メートル毎に道路を照らしている。
 住宅地は、日が沈むと外には誰もいなくなる。
 家々からは赤い灯りと夕飯の匂いが漏れ出ていた。
(……オレは、どうして……アイツを見ると腹が立つんだろう)
 汚れたアスファルトの地面がコツコツと鳴る。
 シャツの下まで風がふぶく。
(……バカにされていると……思うからか?)
 一つくしゃみをする。
 背中が寒い。
 顔が心なしか熱かった。
(……どうして……)
 ふわり。
 金木犀の花の香り。
 彼女の。
(……あ……)
 少女は、縁島愛は、彼の家でつま先立ちして待っていた。
 寒いだろうに、上着も着ず、汚れた制服のままで。
 白い肌をますます青白く変え、白く変わる息を手に吹きかけていた。
(……バカじゃ、ねェか……?)
 何故か目頭が熱くなった。
 揺れる艶やかな黒髪の下の頬は赤く染まっている。
 手と足は小刻みに震えていた。
(……いつから……待ってたンだよ)
 いずみは上着を脱ぐ。
「おい」
「……何?」
 変わらない無表情な少女の肩に学ランを、かけた。

「……ありがとう」
 消えそうな声で彼女は言った。
 黙ってその前を合わせる。
 その仕種からは何も感じられない。
 ただ陽炎のように幻のようにそこに在るだけだ。
「……私、嫌われたと、思ってた」
 闇夜の星の光は蒼く、タータンチェックのブレザーと膝丈までのスカートを照らす。
「……コレ、プレゼント」
 彼女はショルダーにしている鞄の中から青と緑のチェックの包装紙に水色のリボンがかけられた掌の半分くらいの箱を取り出した。
「……ずっと、渡そうと、思ってたの。……今日、榊君、誕生時でしょ?……だからね、誘ったのは、口実。……ちょっとでも、一緒に、いたかったから……」
「……」
「……怒った?……受け取って、くれるわけ、ないよね。……こんな……」
「……。……コレのために、待ってたンか?」
「え?」
 瞳を上げた。
 黒い、澄んだ瞳。
 いずみを映す。
「……オレは、お前を……」
 愛は、緩やかに首を振った。
「……アナタのことを、話して……?」
「……」
(美影ちゃんは、初めてこんなオレに「友だちになろう」と言ってくれた。章は、その手を握って、くれていた)
「……嬉しかったンだ」
「うん」
「……壊したくなかったンだ」
「うん」
「……失いたくなかったンだ」
「うん」
 ポンッと、その胸に顔を沈めた。
「……大丈夫だよ」
 愛は優しくその頭を抱き止め、櫛のようにその髪を梳いた。
「……大丈夫。……皆、アナタのコト、想ってる」
 いずみは泣いた。
 声を出し、嗚咽も隠さなかった。

 後日談。
 一時間後、目を真っ赤に泣き腫らしたいずみが自宅に帰ると、美影と章がパーティーの準備をして待っていたのは、また別の話。

 

by 篠宮恵美
 
無断転載厳禁

 
偶然にも初めて訪れてキリ番をGET! 常連様でないにも関わらず、快くプレゼントして頂きました。
 
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