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屍心中
おやお前、確か随分前にもここへ来たね。 憶えているよ。 お前は若くて、死にきれなかった。 ・・・年を、とったね。 なに珍しくはない。 一度死に魅入られたものは、なかなかその感触が拭いきれないのさ。 生への執着が断ち切れないのと同じようにね。 どうしたね? あの時言ったろう。わたしはもう何年もここにいるのだと。 信じていなかったかね? だが見ての通り、わたしは変わらずここにいる。 このふかいふかい、樹海のなかに、ひとりでずっとね。 そうだよ。 年もとらないし、腹もへらない。 眠りだって必要ない。 まぁ、お前のような話し相手がいないときは、眠っているのと同じようなものだがね。 化け物? そうかもしれないね。 実際、わたしにも自分が何者なのか分からないのだから。 本当のわたしは、きっとずうっと前に死んでしまったのだ。 彼女と一緒にね。 なぜだろうね? ふたりとも、同じようにたくさんたくさん薬を飲んだのに。 そうしてしっかりと抱き合って、ここに横たわったのに。 わたしだけが、目覚めてしまった。 彼女はもう固くなっていたよ。 そうしてその腕は、しっかりとわたしを抱きしめて、離さないんだ。 わたしはそのまま、何時間も、何日も彼女と過ごした。 真夏だった。 じきに、彼女は土に還りはじめたよ。 わたしはここで、今までにもう飽きるほど朽ちてゆく死体を見つづけてきた。 だがあの時ほど・・・その美しさに感動したことはなかった。 そう。人が土に還るさまはね、美しいのだよ。とても。 考えてもごらん。この樹海の濃密な静寂のなかで、人の肉が、自然の力で少しずつ、少しずつ洗われてゆくのだよ。 なんて、神秘的なのだろうね。 じくじくと、大地にしみ込んでゆく彼女の血肉。その甘やかな匂い。 かさこそと、ささやかな音をたてる分解者たち。 徐々にあらわになる、しろい骨。 わたしの腕のなかで、ゆっくりと彼女が変貌してゆく。 すでにわたしを掴む力を失った彼女を、なおもしっかりと抱きしめながら、わたしはそのすべてを感じていた。 正直に言おう。わたしはその時、彼女に対して強い肉欲をおぼえた。 だが、同時にこれまでにない敬虔な気分でもあった。 すでに、哀しみも絶望も、恐怖もなかった。 そこにあるのは底知れぬ甘美さだけだ。 そうして、彼女が本当に骨だけになるまで、わたしたちはずっとずっと抱きあっていたのだよ。 おそらく、本当のわたしは、あの時に彼女と一緒に土に融けてしまったのだろうね。 だってあの時、間違い無くわたしたちは一体化していたのだから。 いや、今でも彼女とわたしは一緒だ。 この大地すべてが彼女なのだから。 骨もね。わたしがすこうしづつ、食べてしまったのだよ。 本当は、骨もそのまま何年かかかって還してやったほうがよかったかもしれない。だけど、その白さやたよりない細さがいとしくていとしくて、そうせずにはいられなかった。 まぁどちらにしても同じことだ。 今ではわたしは彼女でもあり、この樹海でもあるのだから。 ・・・おや、帰るのかね? それもいい。 またいつでも戻っておいで。 わたしはずうっと、ここにいるから。 |